著:剣世 炸
第1章 出会い−2
俺は振り返ると、声の主を見た。
新入部員の真琴によく似ているが、ショートヘアな真琴と違い、後ろ髪を可愛いピンク色のリボンを使って、ポニーテールでまとめている。
目の形も、少し細めな真琴とは違い、大きな目をしている。大人になり、つけまつげをしたら、さぞ映えるだろうと容易に想像ができた。
「美琴!」
「お姉」はないでしょ、お姉は!」
「じゃあ、「お姉さま」ならいいの?」
「もう、こんなところで冗談言うのはやめて!」
「はいはい。!もしかして、この人たちが…」
真琴の妹であろう美琴が、部長と俺を見て、姉の真琴に問いかけた。
「そうよ。テレビでも見たでしょ。この前の大会で優勝した部長さんと副部長の煉先輩よ」
真琴がそう言うと、座っていた部長がすぐに立ち上がった。それに続いて俺もその場に立ち上がる。
「こんにちは。真琴ちゃんから、いろいろ話は聞いているよ。今年、けやき商を受験するんだって!?」
「部長さん!それに煉さん!とても光栄です。…自己紹介が遅れました。私、真琴お姉ちゃんの妹で、嶋尻美琴(しまじり みこと)って言います。今年、けやき商を受験する予定ですっ。よろしくお願いします!」
「そうなんだ。真琴の妹ってことは、さぞ入力スピードも速いんだろうね」
「いいえ。お姉ちゃんほどではありません」
「そうそう。美琴が私に追いつくのは、百年早いんだから!」
「そんなことないもん。お姉ちゃんが高校卒業するまでに、追いついてみせるんだから」
「いいねぇ。これで、我がけやき商パソコン部の将来は安泰だな」
「部長さん、まだ美琴はけやき商を受験すらしていないんですよ」
「そうだったな。美琴ちゃん。受験勉強もしっかりね。けやき商は商業高校だけど、偏差値は普通高校の中の上くらいのレベルだったはずだよ」
「はいっ。今受験勉強も頑張っている最中です」
「そうなんだ。頑張って受験戦争を突破して、俺たちと一緒に頑張ろう!」
「煉さん!いえ、煉先輩、ありがとうございますっ!」
4人で会話をしているうちに、第2OA教室はすっかり挑戦者で埋まっていた。
「間もなく、『第1回けやき商入力スピード大会』を始めさせていただきます。選手の皆さんは、所定の端末の席にお着き下さい」
「ほらっ、もうすぐ始まるわよ。美琴も、指定されて場所に着席して!」
「美琴ちゃん、また後でね。結果を期待しているよ!」
「部長さん、ありがとうございます!」
美琴はこちらに手を振りながら、指定された席まで歩いていき、着席した。
* * *
けやき商入力スピード大会の結果は、誰もが驚愕する内容となった。
夏の全国大会終了後、事実上引退となっていた3年生の先輩方は、今まで部活動に注いでいた力を受験勉強へとチェンジさせていた。無論、文化祭でけやき商入力スピード大会が開催されることとなってから昨日までは、部活動に戻ってきた先輩方も多く、全国優勝を果たした部長も、ご多分に洩れず練習に復帰していた。
だが、毎日練習することのできる1・2年との練習量には、歴然とした差があったようで、全国優勝をした部長を始めとした3年生全員が、今回の大会で入賞することができなかった。
全国大会で優勝した部長を抑えて、けやき商入力スピード大会に優勝したのは、他でもないこの俺だった。そして、僅差で2位に入賞したのは、1年生のエースである真琴。 そして、第3位に入ったのは…
「お姉!すごいでしょ〜!私、3位に入ったよ!」
「だから、お姉ちゃん、でしょ!3位に入ったのは凄いと思うけど、やっぱり、私には勝てなかったわね!」
そう、今回の入力スピード大会で第3位に入ったのは、けやき商の部員ではなく、真琴の妹で、今年けやき商を受験するという、中学3年生の美琴だった。
「いやいや、まさか私が煉や真琴にだけでなく、中学生の美琴ちゃんにまで負けるとは…」
「練習も満足にしていないのに、4位になった部長は、やはり凄いと思いますよ、俺は」
「そうです!一緒に練習していたら、煉先輩や私、それに美琴は足元にも及びませんでしたよ」
「それにしても、煉さん、いえ、煉先輩!さすが次期部長ですね!今回は、一緒に参加できて本当に嬉しかったです♪私、けやき商に絶対合格して、お姉や煉先輩と一緒の舞台に立てるよう、頑張りますから!」
表彰式も終わり、美琴を交えて俺・部長・真琴が談話をしていると、そこに近づいてくる影があった。
「はいはい。けやき商入力スピード大会は終了しました。部外者の方は、OA教室から退室して下さい!」
端末とディスプレイの電源をOFFにしながら、まだ部外者である美琴に対して、その影は退室を勧告する。
「…亜美先輩!少しぐらい、いいじゃないですか。片付けなら、私たち1年でもできますし」
「そうだよ亜美。それに、入賞した美琴ちゃんは、来年けやき商に入学する予定らしいしさ」
「そうは言っても、まだ部外者は部外者です。そうですよね、部長」
「まあ、そういうことにはなりそうだが、もう私は引退しているし、やはり、こういうことはもう煉の判断でいいんじゃないのか?」
「…分かりました。でも、部外者であることに変わりはありません。早めに退室して頂きます!」
「おい、亜美。なんなんだよ!」
「別に!それに、次期部長さん。あなたが私のことを「亜美」と、いつから呼べるようになったんです?」
「…それは…」
「はい、それじゃ片付けがありますから、部外者の方は退室願います」
「…」
俺はそれ以上、亜美に何も返すことができなかった。
美琴は蛇に睨まれた蛙のように硬直していたが、姉の真琴が肩を軽く叩くと我に返った。
「そういう訳だから、美琴、外に行きましょう」
「…えっ、ええ。分かった」
真琴が美琴と手を繋ぎ、引っ張るようにOA教室の出口に向かい始める。
「…それじゃ、後片付け、宜しく頼んだよ」
この場に居たくない衝動にかられた俺は、特定の誰かに告げる訳でもなくそう言い放つと、部長と共にOA教室の出口へと向かい始めた。
数歩前を行く真琴と美琴は、二人にしか聞こえない程度の声量で話をしているようだった。
「それにしても、あの人、一体だれなの?それに、煉先輩にも何だか可笑しな事言っていたようだし…」
「あの人は、鳳城 亜美(ほうじょう つぐみ)。煉先輩と同じ2年生で、パソコン部のマネージャーさんよ」
「へぇ。で、あれはどういうこと?「亜美」と呼べるとか呼べないとか…」
「ああ、そのことね。煉先輩は、どうやら亜美先輩のことが好きで、数か月前に想いを告げたようだけど、返事してもらえていないらしいの。で、亜美先輩は自分の彼氏にしか、呼び捨てにしてもらいたくないみたいで、煉先輩はそこを逆手に利用して、私たちと同じようにわざと下の名前で呼んでいるようだけど…」
「そうなんだ、片思いの相手、ね…」
出口に向かいながら、先方を歩いている美琴が振り返り、俺たちに手を振っている。その仕草に、俺と部長も軽く手を振り返した。
「真琴の妹か…。受験戦争を無事に突破して、けやき商のパソコン部に入ってもらいたいものだな」
「はい、彼女なら、きっと入試にも合格して、来年は俺達と一緒に肩を並べていると思います」
「それにしても、煉、亜美とは一体どうなっているんだ?部員達も、お前達のことで騒いでいることがあるぞ」
「部長…それは…」
「まあいい。うまくやってくれ」
そういうと、部長は軽く手を振りながら、俺の横をすり抜け、真琴達も追い越してOA教室を出て行った。
その後、クラス、部活共にミッション終了となった俺は、真琴達と一緒にけやき祭の各ブースを回ることとなった。模擬店で飲食したり、展示ブースで趣向を凝らした展示を見て楽しんでいるうちに、夕日もすっかり落ちて、けやき祭の終了時刻となった。
美琴は、再度俺にけやき商を受験して来年パソコン部に入部することを誓うと、俺と硬い握手を交わして、けやき商の門を後にした。
そして月日は流れ、俺は無事に3年生に進級。入学式当日を迎えた。