著:剣世 炸
第2章 入部−1
4月上旬。桜の開花が例年に比べ遅くなった今年は、入学式当日と桜の満開になるタイミングがマッチし、都立けやき商業高等学校へ入学する新入生は、優しく振りかかる桜吹雪を浴びながら、校門から入学式の会場である体育館への道を歩いていた。
「サッカー部をよろしくお願いしまーすっ」
「野球部は、運動神経抜群なみんなを待っているぞ!」
「マンガやイラストが好きな人は、ぜひマンガ研究会に足を運んでください!」
「日本の文化、将棋や囲碁をやりたい人はいないかな?」
校門から体育館への一本道は桜並木になっている。
“ファーストコンタクトを制するものは、部活動を制する”
けやき商の部活に所属している者に叩きこまれる教えだ。この教えに基づいて、各部活は入学式に参列するために登校してくる新入生との「ファーストコンタクト」を取るため、この桜並木に集まり、趣向を凝らしたビラを新入生や保護者に対して配布していた。
恐らくはマネージャーが作ったのだろう。小さなサッカーボールがついたキーホルダーとビラを片手に、サッカー部のマネージャーが目ぼしい男子を見つけては声をかけている。
その隣で、昨年甲子園のマウンドに立った野球部のエースが、キャッチャーを相手に投球練習をしている。キャッチャーミットに、エースから放たれた公式球が納まった瞬間に発生する“スパン”という軽快な音が鳴り響く度に、ギャラリーからは“オオー!”という歓声が上がっていた。
けやき商は運動部の活動が盛んということもあり、例年門に近い場所を運動部が陣取り、入学式が行われる体育館側を文化部が陣取ることとなっていた。
そんな中でも、我がパソコン部は団体連続優勝の偉業を成し遂げていたため、文化部の中で1番校門側に近い場所を陣取ることができた。
パソコン部マネージャーで、リーダーの鳳城亜美が指示を飛ばして作り出したカラフルなビラを持ち、部長である俺や副部長の嶋尻真琴、そして亜美を始めとしたマネージャー数名が桜並木に立ち、新入生への勧誘活動を行っていた。
「パソコンの入力大会で連続優勝のけやき商パソコン部で〜す!!」
「昨年テレビで放映された、個人入賞した部員も居ま〜す!!」
「仮入部期間に、ぜひ一度パソコン室へ来てくださ〜い!!」
文化部の部員とは思えない程の大きな声を張り上げながら、亜美を始めとしたマネージャー陣がビラを配布している。
「どうぞ、持っていって下さい」
「はいっ。俺、けやき商のパソコン部に憧れて、けやき商に入学したんですっ!!」
「そうなんですか!ぜひ、仮入部期間に来て下さい!!」
「はい!ありがとうございます!!」
新入生の中に、こんなやりとりをマネージャーとしている姿が多く見受けられる。今年度も、新入部員を確保するのに事欠くことはなさそうだ。
そんなことを思っていると、俺と真琴に向かって進んでくるポニーテールの女の子が目に入ってきた。
「お姉!それに煉先輩!じゃなかった…。今は部長さんなんだっけ」
「だ・か・ら!お姉じゃないでしょっ。お姉じゃ!!」
「美琴ちゃん!真琴から入学が決まったとは聞いていたけど…。元気そうで何より!!」
「はいっ!文化祭の時に約束した通り、受験勉強頑張りましたから!!」
「そんなこと言って!自己採点じゃ、合格ぎりぎりだったくせに…」
「合格したんだからいいの!そりゃ、すこし冷や冷やはしたけどさ」
「ははは。で、受験勉強を終わってからは、まさか…」
「そうです!お姉に負けないように、しっかり練習してました!」
「まったくズルいわよね。私はテストや検定で大忙しの時、美琴ったら、下手すると一日パソコンに向かって練習していたんだから…」
「ほほう、それはすごいな。俺もうかうかしてたら、真琴より先に美琴ちゃんに抜かれる日が来そうだ」
「部長!私は美琴にはぜーーーーったい負けませんから。部長を最初に負かすのは、私なんですよっ!」
「そうだな。俺も2人に負けないように頑張るよ!」
ビラ配りも忘れて3人で話をしていると、校内放送が入った。
“新入生とその保護者の方にご連絡致します。間もなく、体育館にて入学式を挙行致します。体育館にいらっしゃらない方は、会場までお急ぎ頂きますよう、お願い致します。繰り返します…”
「美琴!そろそろ入学式が始まるわよ。早く行きなさい!」
「は〜い!!部長さんっ!また後でお話しましょう!」
「ああ。気をつけてな!それと、新入生代表の言葉、期待してるからな!」
「ふぇ〜。そのことは言わないで下さいよ〜。お話して緊張がほぐれたと思ったのに…」
「美琴。ヘマしないようにね」
「は〜い!」
俺と真琴に見送られ、近くで他の保護者と話していた真琴と美琴の母親と一緒に、美琴は体育館へと消えていった。