著:剣世 炸
第2章 入部−2
校内放送が入り、体育館への道から新入生の姿が無くなると、部活への勧誘のために集まった在校生達は、そそくさと片付けを始めた。勧誘のために集まった在校生は、入学式への参列が義務付けられているからだ。
また、部活動に力を入れているけやき商では、輝かしい実績を残した部活動に限り、入学式でのパフォーマンスを披露することを許されている。
運動部では昨年度、野球部・弓道部・柔道部が全国大会へ出場。文化部では、パソコン部・簿記部が全国大会へ出場している。今年度の入学式でパフォーマンスを行うことができるのは、この5つの部活のみだ。
「真琴。体育館へ行って、パソコンのセッティングを急いでくれ」
「はい!分かりました」
俺の指示で、すぐ近くにいた真琴が、部員数名を引き連れて体育館へと走り去って行く。
「亜美、じゃなかった。鳳城。ここの後片付けは任せたぞ」
「分かったわ。任せてちょうだい」
「マネージャー以外の部員は、俺と一緒に入学式に参列するぞ」
「「「分かりました!!!」」」
俺は、マネージャー以外の部員数名を引き連れて、体育館へと急いだ。
俺たちが体育館に到着すると、新入生とその保護者の着席は既に終わっていた。
“間もなく、入学式を開式致します。携帯電話をお持ちの方は、電源をお切り頂きますよう、お願い致します”
司会を務める教頭先生のアナウンスで、会場入りしていた全員が、持っている携帯電話を確認する。
「ふぅ。何とか間に合いました。部長。携帯電話、大丈夫ですか?パフォーマンスの時に、万が一にも着信音が鳴り響いたりしたら、洒落になりませんよ!」
「真琴。準備お疲れ様。ああ、大丈夫だ。今日はケータイを家に置いてきたから、俺から着信音が鳴り響くことはない。真琴こそ、大丈夫か?」
「はい。さっき、電源を切っておきましたから」
「そうか…。おっ、始まるみたいだぞ」
俺と真琴が檀上を見ると、校長先生を始めとした学校の偉い先生方と、都知事や市長などの来賓が、指定された席に座っていた。
今までおしゃべりをしていた保護者達もその光景を見て一斉に口を閉ざし、会場は、まるで潮が一瞬にして引いたかのような静寂に包まれた。
頃合いを見計らって、教頭先生が口を開く。
“それでは、20××年度。都立けやき商業高等学校 入学式を始めます…”
入学式が始まった。
けやき商の入学式は、いわゆる「伝統」に重きを置いたものとなっていて、誰が見ても「これぞ入学式」と思えるような次第構成だった。
参列者全員による「国歌斉唱」、在校生による「校歌斉唱」に始まり、校長先生や来賓の挨拶が続く。
そして、「在校生歓迎の言葉」に続いて、「新入生代表の言葉」の口上を述べるため、真琴の妹である美琴が檀上に上がり、代表の言葉を語り出した。
“先生方、来賓の皆様、先輩方、そして満開の桜に歓迎され、私たち新入生258名は、今日都内随一の名門校、けやき商業高等学校の門を叩くことができました。これから充実した3年間が待っているのかと思うと、嬉しい気持ちでいっぱいです…”
美琴は、代表の言葉が書かれた紙を檀上に置き、会場に参列している聴衆全員に向かって話していた。
「おい。美琴は、紙を見ていないじゃないか!」
「はい。あの子、家で一生懸命、代表の言葉を練習していましたから。私まで、暗記できる位に」
「そうなのか…すごいな!」
会場からも、ひそひそとではあるが、美琴の現実離れしたプレゼンに感嘆の声が挙がっていた。
“最後になりましたが、先生方、そして先輩方。私たち新入生は、右も左も分からないことばかりです。どうぞ、私たちがけやき商の伝統を守っていけるような生徒になれるよう、お導き下さい。そして私たちは、先生方、先輩方の教えを心に刻み、高校生活3年間を充実したものとしたいと思います。新入生代表 嶋尻 美琴”
美琴が代表の言葉を述べ終えると同時に、壇上に座っていた来賓の一人が、スタンディングオベーションをした。
それにつられ、他の来賓全員が立ち上がり拍手をし出すと、会場に居合わせた全員がその場に立ちあがり、素晴らしい口上を述べた美琴に対して、賛辞の拍手を送った。
あまりに突然の出来事に恥ずかしがりながらも、美琴は檀上の先生方と来賓達に最敬礼をすると、最前列にあった自分の席に戻っていった。