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剣世炸 novel site 〜秋風に誘われて〜

秋風に誘われて

著:剣世 炸


第2章 入部−3

 前代未聞の「新入生代表の言葉」終了後、入学式は次第通り滞りなく終了し、いよいよ昨年度活躍をした部活動の、パフォーマンスタイムとなった。

 俺たちパソコン部は、全国大会での団体優勝、個人1〜3位の独占という功績を認められ、一番目立つであろう5番目、即ち「取りを務める」ことになっていた。

「真琴、準備は万全か?」

「はい。各端末正常に動いています」

 けやき商の体育館のステージは、他の体育館のステージに比べて広く設計されている。通常、天井から吊るされた幕の後ろは、人が1人やっと通れる位のスペースを空けて壁になっていることが多いが、けやき商体育館のステージは、幕の後ろに更にもう1つ「第2ステージ」が用意されている。

 俺たちパソコン部は、「取りを務める」ということも然ることながら、機材の準備等も考慮され、普段は使われることのない第2ステージを使用することが許可された。

 俺たちが端末の動作確認を行っている中、幕を挟んだ向こう側のステージ上では、運動部が入学生に対してパフォーマンスを披露している姿が容易に想像できる。

「俺たちも、運動部に負けないパフォーマンスをしよう!」

「はい!でも、普段通りの練習風景を披露するだけですけどね…」

「それが、一番難しいんだよ。嶋尻君」

「若林先生!」

 若林先生とは、俺たちパソコン部の顧問をしている、情報科の先生だ。何故かいつも白衣を着ている先生で、時に優しく、時に厳しいアドバイスで俺たちの活動を導いて下さっている。

「準備は…大方大丈夫みたいだな」

「はい先生。端末の設置や準備は、真琴がほとんどやってくれました」

「そうか。副部長になって早々、大活躍だな」

「いえ、パフォーマンスを成功させ、たくさんの優秀な部員をパソコン部に入部させてから、そのお言葉を頂戴したいです」

「そうだな。よし、去年よりもたくさん部員が集まったら、みんなで焼き肉を食べに行こうな!!」

「先生!ありがとうございます」

「沢継も、沈着冷静にな」

「はい。ありがとうございます」

 白衣を靡かせて、若林先生が第2ステージから姿を消す。

「部長!張り切っていきましょうね!」

「ああ。そうだな!」

 今回のパソコン部のパフォーマンスは、普段の練習風景を「ミュージック」に乗せてリズミカルに行うというものと、録画したテレビニュースを流し、耳で聞いてすぐに入力するという「リアルタイム入力」の2つを、それぞれ2分半ずつ行うこととした。

 普段の練習では、早く、正確に入力することのみを考えているのだが、リズムに合わせて入力するのと、耳で聞いた言葉をリアルタイムで入力するというのは、全ての部員が初めての経験で、最初はなかなか慣れることができなかった。

 しかし、練習を重ねるごとに、パフォーマーである俺や真琴を始めとした複数の部員たちの技術はみるみる向上し、若林先生もGOサインを出してくれた。

“それでは、最後にパソコン部による「リズム入力」と「リアルタイム入力」の実演です。パソコン入力大会で団体優勝・個人1〜3位制覇の実力は伊達ではないことを、とくとご覧下さい”

「教頭先生、言いすぎだよな…」

「部長、弱気になっちゃだめですよ!」

「…その通りだな。おっ、幕が上がるぞ!みんな、練習の成果を存分に見せてくれ!!」

「オオー!!」

 スピーカーから、大人気アーティストのリズミカルな音楽が流れ始めた。

 そして、幕が上がり始めると会場に設置された大きなスクリーンに、遠隔操作で動くカメラを自由自在に操る放送部が、俺たちパソコン部の部員・キーボード・部員…といった順番で映し出し始めた。

 また、俺が操作しているパソコン画面は、別に用意されたスクリーンに映し出されていて、リズミカルにカーソルが動く様と、部員たちのリズミカルなキータッチが相まって、会場からは感嘆の声があがった。

「…すごいな。さすが全国大会優勝のパソコン部だ…」

「俺、野球部に誘われたけど、パソコン部に入部するのもいいと思えてきた」

 新入生の中からは、パソコン部への入部を希望する声が上がり、後列で見守る保護者席からは、まるで溜息とも取れる関心の息遣いが、ステージにいる俺たちにも、肌に伝わってくるほどだった。

 アーティストの音楽が終わると、今度は昨日流れた国営放送ニュース番組のタイトルと音楽が流れ始めた。

「…今度は何が始まるんだ?」

「アナウンサーが読み上げるニュース文を聞き取りながら入力して、表示するらしいぞ」

「そんなことが、可能なのか…」

 会場がざわつき始めたその時、タイトル画面はアナウンサーが原稿を読み上げるスタジオへと切り替わった。

 会場の参列者と、俺たちパソコン部部員に緊張が走る。

“こんばんは。4月○日、午後9時のニュースをお伝えします…”

 アナウンサーの声がすると同時に、リアルタイム入力が始まった。

 リアルタイム入力は、文字放送にも活用されている入力方法で、アナウンサーの読み上げる原稿を、リレー方式で入力していく。

 各入力者の入力画面は、全ての入力者が確認できるようになっていて、1人目の入力者が入力を始めると、2人目の入力者は1人目の入力者が入力するであろう切りの良い場所を想定し、入力を始める。

 2人目の入力者が入力した部分を見て、1人目の入力者は入力をやめ、その場で待機。以降、3人目→1人目→2人目→3人目の順番で入力を繰り返し、アナウンサーが読み上げた原稿よりも数秒遅いタイミングで、テレビ画面の下方に表示させるというものだ。

 文字放送の製作会社から、このリアルタイム入力のソフトを借りた俺たちパソコン部は、この日のために録画したニュースで、リレー入力を練習してきた。

 その甲斐あって、初めて入力するニュースであったにも関わらず、ほとんど誤字脱字を表示させることなく、5分間のニュース原稿を入力し終えることができた。

「…若林先生、彼らは化け物ですか?なんで、あんな神業を披露することができるのです?まだ高校生だというのに…」

「それは、彼らのモチベーションが高いからでしょう。私は、きっかけを与えたに過ぎませんよ先生。それに、私たち教師の責務は、目の前の生徒に「可能性」というきっかけを与えることではありませんか?」

「確かに、おっしゃる通りです。いや、感服しました!」

“…気象予報士の才田さん、ありがとうございました。それでは、また明日”

 アナウンサーが締めの挨拶をすると同時に、都心を走る夜の高速道路が映し出され、俺が入力したアナウンサーの最後の言葉が数秒遅れて画面に映し出され、リアルタイム入力の実演は終了した。

「煉先輩!ブラボー!!」

 体育館を支配していた静寂を、美琴の言葉が打ち破った。

 と同時に、参列者全員の惜しみない拍手の嵐が巻き起こった。

「…俺たち、やり遂げたんだな!」

「はいっ部長。最高の演技を見せられました!!」

 拍手の嵐は、ステージの幕が下りてからしばらくの間、鳴り止まなかった。

 見事に入学式での実演をやり遂げた俺たちパソコン部員は、入学式後、若林先生が部室に用意して下さったお菓子やジュースで、「反省会」という名のお疲れ様会を開いた。

 そして…

「煉先輩。はいっ、入部届け!」

 入学式翌日から始まった「仮入部期間」の放課後、パソコン部の部室にトップバッターで現れたのは、入部届けを持った美琴だった。

「美琴ちゃん!まだ「仮入部期間」だよ?他の部活は見なくてもいいのかい?」

「部長。それは愚問ですよ。この日この瞬間のために、美琴はけやき商に入ったようなもんなんですから…」

「お姉!そんなんじゃないってば…。私はお姉を越えたくて入部するんですっ」

 二人の姉妹が、部室内で早くも言い争いを始めた。

 俺は、去年の文化祭で、パソコン部で開いた大会の後のことを思い出した。こんなやり取りが、これから1年間部室で繰り広げられるのかと思い、俺の顔から笑みがこぼれた。

「あーっ。煉先輩、今笑った!」

「いやいや、笑ってないよ、美琴ちゃん」

「美琴、でいいですよ。お姉は「真琴」って言われているみたいですし、不公平です!」

「…何で不公平なの?」

「!!いえ、別に。とにかく、私のことも呼び捨てでいいですから」

「分かったよ」

 入学式でのパフォーマンス効果か、仮入部期間初日でパソコン部の部室を訪れた新入生は50人を超えた。まさに、パフォーマンスは大成功だったと言えるだろう。

 ただ、パソコン部の部室には端末が50台しかなく、在校生の部員は既に30名いる。部長としては惜しい気もしたが、入部希望者50名のうち、昨年の文化祭の大会で入賞を果たした美琴を除く全員を顧問の若林先生、部長の俺、副部長の真琴の3人で面接し、新入生の入部希望者を25名まで絞ることとなった。

 面接と仮入部期間が終わり、本格的な部活動が始まると、部室の端末は全台部員で埋まった。そして、パソコン入力大会連続制覇に向け、活動が始まった。