本文へスキップ

剣世炸 novel site 〜秋風に誘われて〜

秋風に誘われて

著:剣世 炸


第3章 遠征−1

 新緑眩しい5月中旬。俺たち「けやき商パソコン部」は、宇都宮にある宇都宮光陵女子高等学校に、遠征試合のため訪れていた。

 この学校のパソコン部顧問の先生が、俺たちの顧問である若林先生と知り合いらしく、その伝手を使い今回の遠征試合が企画された。

 試合と言っても、日文パソコン入力スピード大会の全国大会レベルの問題を、10分計測してはすぐに採点し、5分後にはまた10分の計測を行うといった形で練習を行い、全体アベレージの高い順にランク付けして個人入賞者を選定する。また、団体戦で用いられる計算方法で得点を算出し、どちらの学校が勝利したかも算定する。

 今回の遠征は、先方の都合もありけやき商からは15名の部員限定での参加となった。そこで、仮入部期間の終わった5月のゴールデンウィーク明けの部活動にて、新入部員も含めた校内選考試合を行った。

 結果、俺・真琴・美琴を含む15名が選出され、ゴールデンウィークの遠征試合が企画されたのだが…

「あれっ?」

 校内選考試合の結果一覧を見て、美琴が呟いた。

「煉先輩?どうしちゃったんです?」

「…」

 俺は、美琴に返す言葉が見つからなかった。

 日文パソコン入力スピード大会の獲得点数は、入力した文字数に「ボーナス点」を加算して算出される。「ボーナス点」は、入力ミスが少ない程多く加算され、ノーミスで入力文字数の20%が加算されるシステムだ。そして、ミスが10文字を超えるとボーナス点の加算はなくなり、ミスが20文字を越えた場合は失格となる。

 大会と同じ採点方法で校内選考を行った結果、俺は何とか個人得点で1位になれたものの、2位の真琴との差はごく僅か。

 その内容はというと、俺はノーミスでボーナス点を20%獲得したものの、入力文字数は真琴のそれを下回っていた。真琴が俺の次点であったのは、ミスが多かったため、ボーナス点の獲得が俺よりも少なかったからだ。

 つまり、真琴のミスが少なければ、俺は1位にはなれなかった、ということになる。

「…先輩?」

「…えっ?ああ。校内選考の結果のことか?」

「はい…。煉先輩、何かあったんですか…?」

 美琴の横には、新入生の三枝紗代(さえぐさ さよ)の姿もある。美琴のクラスメイトで、美琴は姉である真琴よりも、部活中は紗代と一緒にいる姿を見かけることが多い。 紗代は、口数は少ないものの、周囲の状況を的確に判断し、口を開けば鋭い回答をしていることが多いように、俺は感じている。

「…最近、体の調子が悪くてな…。校内選考の時も、本調子じゃなかったから…」

「何か病気でもしてるんですか?」

「いいや、そう言う訳じゃないんだが…」

「…心の病…とか?」

「!!」

 紗代の言葉に、一瞬ギクリとする俺。

 それを察知したのか、すかさず問い詰める美琴。

「先輩!そうなんですか!?」

「…美琴達には、何も隠し事ができないみたいだな…」

 美琴達が入学してからまだ1か月程度しか経過していないものの、俺と美琴ら新入生の一部とは、放課後にカラオケに行ったり、ファミレスに立ち寄ったりして親交を深めてきた。そんな中、特に美琴と紗代とは一緒にいる時間が多くなり、俺のちょっとした変化にも感づかれるようになっていた。

「今度の遠征、美琴と紗代も選手に選ばれただろう?その試合の時に話すよ…」

 俺は問題を先送りするかのように美琴と紗代にそう告げると、話題を別のところに持っていき、その場をやり過ごした。

 俺の中では、大会での不調の原因について、答えは明確に出ていた。

「…部長さん、練習始めてもよろしいかしら?」

「…ああ、亜美、じゃなかった…鳳城、頼むよ…」

「しっかりして下さいよ!じゃあ皆さん、練習問題125−38を出して下さい!」

「(…誰が原因だと思ってるんだよ…)」

 俺は心の中で、目の前のマネージャーに対して呟かずにはいられなかった。

 俺を絶不調にさせている原因は、目の前で部員に練習問題を出すよう指示を出している、マネージャーリーダーの亜美に他ならなかった。

 俺が、亜美に思いの丈を打ち明けてから、かれこれ1年近くが経過しようとしている。だが、肝心の答えを、俺は亜美から得ることができていなかった。

 答えを催促するのも男らしくないと考えた俺だったが、誕生日前やクリスマスイブの前には、それとなく答えを返してもらえるよう促したつもりだった。だが、亜美は今日の今日まで、俺に明確な答えを返すことはしなかった。

 そんな日々の中、俺の精神的な弱さがパソコン入力のスピードに直結し、練習の成果がなかなか出ない状況に陥っていたのだ。

「それでは、練習125−38、10分計測、よーい、はじめ!」

 亜美の掛け声で、部員が一斉に入力を始めた。

 俺の体も、条件反射で反応し、他の部員と同様に入力を始める。

 それでも、精神の安定が図られない俺の指先から、満足のいく結果を練習で打ち出すことのできないまま、遠征試合当日を迎えていた。