著:剣世 炸
第3章 遠征−2
「煉せんぱ〜い!」
新幹線の発車を知らせる音楽に交じって、聞き慣れた俺を呼ぶ声がした。
後方を見ると、別の自由席車両から降りてきた真琴・美琴・紗代の姿がそこにあった。
宇都宮光陵女子高等学校への遠征試合に参加するため、東京駅から新幹線で約1時間、俺は宇都宮駅の新幹線ホームに立っていた。
他の自由席車両に乗っていた真琴ら3人は、俺の姿を確認すると、俺の元へと揃って走ってきた。
「同じ電車だったんだな!」
「はい。そうみたいですね!」
「「そうみたいですね」じゃないでしょ…。美琴の準備が遅かったせいで、あと少しでこの新幹線にも乗れないところだったんだから」
「間に合ったから、良いでしょ♪」
「…本当にぎりぎりだったけどね…」
どうやら、準備に手間取った美琴のせいで、3人全員が遅刻するところだったようだ。
「それにしても、美琴の彼氏はいつも時間に相当気を遣っているんだろうな。下手にどこかの店を予約なんてしたら、大変なことになりそうだしな…」
「!!…」
それまで笑っていた美琴の顔に、少しだけ陰りが見える。
「煉先輩!私に彼氏なんていませんよ!!だからご安心を!」
「…そうだったのか。俺はてっきり…」
「はいはい。無駄話はこの位にして、光陵女子に向いましょ」
助け舟を出したのか、時間を気にしてなのか、真琴が話を中断させ、遠征地へ向うよう全員を促した。
周囲を見渡すと、俺たち4人以外に新幹線から出てきた高校生はいないようだった。他の部員は、もう現地に向かっているに違いない。
「…そうだな。俺たち以外にけやき商の生徒は乗ってなかったみたいだし、現地に向かうとするか」
「はいっ。そうしましょう!」
***
宇都宮光陵女子高等学校は、けやき商と同じく部活動が大変盛んな私立の高校で、校門に到着した俺たちを出迎えてくれたのは、けやき商に負けるとも劣らない数の垂れ幕だった。
『おめでとう!! 女子サッカー部 インカレ準優勝』
『おめでとう! 女子野球部 関東大会本戦 団体優勝』
『おめでとう! パソコン部 全国大会 団体準優勝』
「…うちと張り合える位に、部活動が盛んな学校なんだな…」
「そうですね。実は、私は最初ここの学校に入りたいなぁ、と思っていた位でした」
「えっ、お姉。そうだったの?知らなかったなぁ…」
「だって、パパにもママにも言ってないもの。美琴も知らないはずよ」
「この学校は、部活動も然ることながら、偏差値も県内トップみたいですよ」
「…文武両道な学校、ってことだな」
校舎に据え付けられた垂れ幕を見ながら会話をしているうちに、昇降口への道の途中に設けられた中庭付近まで到達していた俺たちは、昇降口前に集まっている部員達を発見した。どうやら、俺たちが最後らしい。
「遅いぞ沢継!と言っても、集合時間5分前か…」
「先生すいません…」
「でも、5分前行動は守れましたよ!若林先生!」
得意気に若林先生に言う美琴の姿を見て、真琴が深いため息をつく。
「よし。部長も来たことだし、もう一度点呼を取るぞ。全員、沢継!真琴!美琴………」
「………どうやら、全員揃ったようだな。よし、それじゃあ職員室へ挨拶をしに行くぞ!」
先陣を切って若林先生が職員室に向かい出すと、俺を先頭に自然と1列になった部員達は、ぞろぞろと職員室に向い歩き出した。
職員室には、光陵高校のパソコン部顧問の先生を含めて数人の先生しかいなかった。それもそのはず、今日は活動を行っている部活動の先生位しか出勤していないからだ。
「 けやき商パソコン部15名、本日から明日にかけてお世話になります。宜しくお願いいたします!」
「「「よろしくお願いいたします」」」
職員室内に一列になった俺たちけやき商パソコン部員は、あいさつの後に揃って一礼した後、光陵高校のパソコン部顧問の先生に誘われ、パソコン室へと入った。
パソコン室には、既に光陵高校のパソコン部員15名が所定の位置に着席しており、俺たちを待っていた。
「遠く東京から試合をしに来て下さった、けやき商業高等学校パソコン部の皆さんだ。明日までという短い期間だが、存分に力を発揮し良い練習試合となるよう頑張るように!」
「「「分かりました」」」
光陵高校の先生から光陵高校パソコン部部長を紹介された俺は、自己紹介をして堅い握手を交わした後、用意された端末に着席した。
光陵高校パソコン部のマネージャーから問題を手渡された部員達が、端末横に用意された書見台にそれをセットすると、間もなく光陵高校のパソコン部部長が声を出した。
「練習問題1018−35 10分計測を始めます!」
凛とした声に誘われ、静寂という空気がOA教室を支配する。
それを確認した部長が、再度声を出した。
「よーい、始め!!」
光陵高校とけやき商の練習試合1日目が始まった…。