著:剣世 炸
第3章 遠征−3
光陵高校パソコン部との練習試合1日目は無事に終了した。今回の練習試合は、各校参加者の獲得点数の平均で勝敗を決めることとなっており、俺たちは数10点差で光陵高校に辛勝した。光陵高校を後にした俺たちけやき商パソコン部は、宿舎となるホテルのロビーに居た。
「よし、それじゃあ班毎に受付で鍵を貰って、荷物を部屋に置いてきたら、食堂で夕食だ。その後は自由時間とする」
「「「わかりました!」」」
若林先生の指示で解散した俺たちは、事前に決めていた室長が受付で鍵を受け取り、各々の部屋へ向った。
俺は、部屋が一緒になった男子部員3名と一緒に部屋に入り、荷物を置いて着替えると、他の3人を引き連れて、食堂へむかった。
食堂に到着すると、真琴・美琴・紗代の姿が目に入った。すると、俺の姿を見つけた美琴が手を振り、隣の席に座るよう指を指している。
俺は同じ部屋の男子部員3名に真琴達と食事を取ることを告げ、美琴が指差している席へ向った。
「…真琴達はずいぶん早いんだな」
「はい、鍵を一番早くもらえたので、部屋にも早く行けましたから…」
「それに、お腹ペコペコだしね」
『早く来たところで、食事は出て来ないんじゃ』と思いながらも、その思いを胸の奥底に押し返し、美琴の席の隣に座る。
「それにしても、光陵高校はなかなか強敵ですね」
「ああ。今日の練習試合も、ある意味負けなかったのがおかしい位だろう」
「でも、アウェーである私たちが勝てたのですから、私たちの実力の方が上、ということでしょう」
「…確かにそうかも知れない。でも、油断は禁物だぞ。自分の実力に胡坐をかいた瞬間に、大会での入賞は難しくなるだろう」
「若林先生!いつの間に…」
いつの間にか真琴の隣に座っていた若林先生が話に入ってきて、一同を驚かせる。
「ああ、ほんの少し前に、な。それよりも、沢継、ちょっといいか?」
立ち上がった若林先生が、廊下を指差し手招きしている。
「…はい、分かりました。真琴に美琴、それに紗代、また後でな」
「はい!席を空けて、お待ちしております♪」
美琴の言葉に見送られ、俺は食堂を後にした。
***
「…一体どうした?お前らしくない…」
「…すいません。先生…」
食堂を出て、エレベーターホールへとつながっている廊下の一角で、俺と若林先生は話をしていた。
「確かに、順位だけで言えば、沢継が両校のトップで間違いない事実だ。だが、得点はどうだ。3か月前から全く変動していないじゃないか」
「…」
「まさか、未だに鳳城との関係が解決していないのか…」
「…先生、それを何故…」
「…沢継の様子や、部員たちの会話を聞いていれば分かることだよ。早く正確に入力するためには、技術力ももちろん必要だが、それ以上に強靭な精神力が必要だ。沢継に今欠けているのは、明らかに精神力の方だ」
「はい、分かっています。大会前までには、何とか「けり」をつけたいと思っています。大会の結果に影響が出るのは、俺も不本意ですから」
「そうだな。人の心は、パソコンを操作するようにはいかない。時には自ら身を引くことも大切だぞ」
「…分かりました。先生、ありがとうございます」
「よし、それじゃ食堂に戻ろうか」
「はい」
食堂に戻ると、ずっと出入口を見ていたかの如く俺の姿を素早く見つけた美琴が、さっきと同じように手を振り隣に座るよう指を指している。
「…ずいぶんと後輩に好かれているみたいだな」
「先生には、そう見えますか?」
「ああ、見えるとも…」
“恋は盲目。灯台元暗し、とはよく言ったものだ…”
「…先生、何か?」
「いや、何でもない。沢継、いろいろな意味で、視野をもっと広く持った方が良いぞ…」
「…?わかりました」
俺は、若林先生の言葉の真意を理解しないまま、先生と別れ美琴の隣に座った。
「煉先輩、若林先生の話って、何だったんです?」
「…いや、ちょっとな…。食事の後の自由時間の時にでも話すよ」
「…ここじゃ話しにくい話なんですね…」
「…まあ、な」
「はいはい、話はそこまで。ほら、食事が運ばれてきたわよ」
真琴の言葉に他の3人が厨房への出入口に視線を向けると、ホテルの仲居さんが次々と豪勢な夕食を運んできた。
そして、けやき商パソコン部のメンバー全員に食事が運ばれると、若林先生の号令で食事が始まり、そして自由時間となった…。