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剣世炸 novel site 〜秋風に誘われて〜

秋風に誘われて

著:剣世 炸


第4章 地区予選−1

「部長さん…いえ、沢継君。長い間あなたからの返事をしなかったのは悪かったと思っているけど、私はあなたとは付き合えないわ…」

「亜美…」

 いかにも梅雨らしい、じとじとと降り続く雨に打ちつけられたパソコン室の窓には、煉に最後通告を突きつけた亜美が映し出されていた。

 覚悟はしていた。だが、その返事に対する心の準備が追いついていなかった俺は、亜美の一言で一瞬放心状態に陥った。

 そして次の瞬間、俺の放心状態を更に悪化させる出来事が起こる。

 亜美の後方にあった教室のドアから見知ったクラスメイトが姿を現し、亜美の横に並ぶと腕をまわして肩を抱いた。

「…悪いな、沢継。こういうことなんだ」

「…」

「沢継君。あなたの気持ちは、告白される前から気付いていたわ。そう、あなたが精神的に弱く、すぐにタイピングの成績に影響が出ることも含めて、ね。でも、あなたはうちのエースで、なくてはならない人。だから、今の今まで返事を出せずにいたの」

「…」

「でもね、彼に言われたの。沢継君にとっては、断られない事の方が酷だし、沢継君自身がこのままじゃ先に進めないってね…」

「…」

「…」

 3人を、沈黙という名の空気が支配する。

「…兎に角、そういう訳だから、すまない、沢継」

「…部活では顔を合わさずにはいられないけど、私の事は忘れて…」

「…」

 俺は、手を繋ぎ昇降口へと向かう2人の後ろ姿を、見守ることしかできなかった。

**************

「…部長さん、どうしたんだろう?もうとっくに部室に来ていると思ったのに…」

「確かに珍しいわね。誰よりも先に部室に来る部長さんが、今日は居ないなんて…」

「今日は委員会とかもないはずですし、明らかに変ですね…」

 SHRが終わり、OA教室に訪れたお姉・私・紗代が首を傾げる。

「しかも、明日は地区予選の校内予選だったわよね」

「そもそも、学校には来ていたのかしら?」

「朝、昇降口で部長さんを見ました。横顔をちらっとしか見ませんでしたけど、何だか冴えない様子でしたよ…」

「紗代…そうだったの?」

「うん、表情に出さないよう努力してるみたいだったけど…」

「そうなんだ…」

 光陵高校での試合以来、先輩の記録は伸び悩んでいた。酷く調子が悪い時など、お姉に最終的な点数で抜かれることもあるほどだ。

「ねぇ美琴。あなた、遠征の時に部長さんと話をしていたみたいだけど、特に最近変わったこととか、なかった訳?」

「えっ、お姉。なんでそれを…」

「そんなことはどうでもいいの。で、何もなかったの?」

「うーん、先輩が鳳城先輩とのことで悩んでるって話を聞いて、私が力になりますって言った位で、特に変わったことはなかったと思うけど…」

「そう。部長さん、美琴に直接話をしてくれた訳か…でも、そのことと今部長さんが部室にいないことは、あまり関係はなさそうね」

「部活が始まるまで、少し時間があります。私たちで、周辺を捜してみませんか?部長さんが、何の理由もなく、先生や私たちに無断で部活を休むとは、とても考えられません」

「確かにそうね。それじゃ、部活動開始ギリギリまで、部長さんを探してみましょう。三枝さんは、部長さんのクラスや所属している委員会の部屋を探してみて。美琴は、外に出て学校の周囲を探してみて」

「お姉はどうするの?」

「私は、若林先生に確認して、三枝さんにお願いしたところ以外の校内を探してみるわ」

「わかった」

「わかりました」

「それじゃ、何かあったら連絡してね」

 私は急いで昇降口へ向かうと、靴箱から靴を取りだし、校門へ向って走り出した…。

**************

 けやき商のすぐ裏を流れる浅見川は、昨日の大雨の影響で濁流と化していた。

 普段の浅見川は、都内でも珍しくニジマスが釣れる程の清流で、高須山にある源泉付近では、川の水をそのまま飲料水として利用している程だ。

 今日はそんな清流の片鱗すら見ることのできない浅見川の濁流を、俺は少し湿った土手の芝生に腰を降ろし、虚ろ気味な眼差しで眺めていた。

 明日のパソコン部の活動で、地区予選の選手を決める重要な校内選考を行う予定になっている。

 一昨日までの俺だったら、そんな大事な試合の前であるにも関わらず、綺麗でもない浅見川を見に来ることなどなかったはずだ。

 だが、昨日の出来事は、俺に衝撃をもたらしたのと共に、何とも表現し難い無気力感を与えていた。

 俺の、けやき商での部活の集大成とも言える、全国大会につながる地区予選の校内選考だが、今の俺には正直「どうでもよい」とも思えてしまっていた。

 先生や真琴、美琴ら部員に無断で休もうとしていることに、罪悪感がない訳ではない。このまま無断で部活を欠席し、明日けやき商に登校した際には、恐らく真琴と美琴、そして紗代のお出迎えを受けることになるだろう。若林先生からは、親宛に電話さえも入るのかも知れない。

 だが、そう頭では分かっていても、俺の体は、いっこうに部室に向かう気配すらなかった。

 だが、そんな俺を驚かせる出来事が、ほんの数秒後に迫っていることに、俺は気づいていなかった。

「…ぱい、…先輩、…ん先輩、…煉先輩!!どこですかー!居たら返事して下さい!!」

『一体誰から俺の行き先を?いや、今日はクラスメイトにもここに行くこと伝えていない。だったら、どうして…』

 俺を探す声が、だんだん大きくなっていく。

「美琴!美琴!!」

 俺は立ち上がり土手の上へと上がると、俺の名を呼ぶ声の主に向かって叫んだ。

 すると、その姿に気付いた美琴が一瞬笑顔を見せ、俺の元へと駆け寄ってきた。

「!!先輩!良かった…はあ、はあ…」

 走りながら俺の名前を叫び続けていたのだろう。美琴は肩で息をしていた…。