著:剣世 炸
第4章 地区予選−2
美琴と一緒に部室に戻った俺は、若林先生や真琴の出迎えを受けることになった。
「…先生、それに真琴達も…。ご心配をお掛けしすいませんでした…」
「沢継、理由も聞かないし、責めもしない。ただ、お前はパソコン部の部長なんだ。そのことだけは、もう一度心に刻んでおけ」
「はい、分かりました。真琴や紗代にも心配をかけて、すまなかった」
「いいえ。美琴が部長さんを見つけてくれたお陰なんで…。それに、大会での先輩の座は、実力で奪い取りたいですから!」
「私は真琴先輩に言われて動いただけですから…」
「一番心配していたのは、部長さんを見つけた美琴だったんですよ」
「お姉!余計なことを…」
「そうだったのか?」
「えっ、ええ、まあ…」
「ここに戻って来る途中でも言ったけど、ありがとう。美琴」
「先輩…いいえ、お力になれたみたいで、良かったです!」
「よし。役者は揃った。今日も活動頑張っていくぞ!」
「はい先生!」
部室の奥で練習問題を準備しているのか、亜美の姿が目に入ってきたが、俺は目に入ったこと自体を無かったことにしようと心の中で決め、部活動へ集中することにした。
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「!!先輩!良かった…はあ、はあ…」
走りながら俺の名前を叫び続けていたのだろう。美琴は肩で息をしていた。
「美琴!どうしてここが…」
「誰よりも早く部室に来る煉先輩が今日は居なかったんで、心配して探しに来たんです…はあ、はあ…」
「そうか…それで、俺を探しているのは…」
「私以外には、お姉と紗代が校内を探しています。お姉が先生にも相談してみるって、言ってました…それにしても、先輩、どうしてここに居るんです?今日は正真正銘、部活動の日ですよ!?忘れちゃったんですか?」
「いや、そういう訳じゃなくて…今日は部活に行く気分になれない、というか…」
「…先輩、何かあったんですか?また、亜美先輩とのことですか?」
「…実は、昨日の放課後、答えをはっきり出されたんだよ…」
「えっ、じゃあ、その…」
「美琴が想像している通りだよ。第一、もしOKの答えだったら、俺がこんなに凹んで部活に行く気分になれない、なんて言う訳ないしな…」
「…先輩、学校に戻りながらお話しませんか?お姉達も心配していますし…」
「…そうだな…そうしようか」
美琴に昨日起こったことの片鱗を話したことで、少し気持ちに余裕ができたのだろうか?俺一人では向かう気配すら見せなかった脚が、学校へと向かって進みだした。
「それにしても、どうして俺が土手に居るって思ったんだ?」
「以前、先輩と話していて聞いたことを思い出したんです。「何か困ったことや悩みごとがあるときは、浅見川の流れを見に行く」って先輩が言っていたことを」
「それって、遠征前に100円ラーメンに行った時に話したことだったよな…食べながら話していたことを、よく覚えていたな…」
「えっ、いや、たまたまですよ。たまたま…」
(『とてもじゃないけど、先輩と話したことは全部覚えてます!なんて言えない…』)
「でも、美琴とこうやって話していると、何だかとっても楽な気分になっていくよ。それに、元気も分けてもらっているみたいな気分になるし」
「ほんとですか!私みたいなのでお役に立ててるなら、とっても嬉しいです!」
「正直、失恋したことを誰にも話せなくて、すごくもやもやしていたんだ。迎えに来てくれたこともそうだけど、話も聞いてくれて、ありがとな」
「…いえ。私で良ければいくらでも力になりますよ!それに、失恋くらいで、先輩の力を世に示せなくなるのは、先輩も不本意じゃないんですか?」
「失恋くらいって…まあ、美琴にはそう映るのかも知れないけど、俺にとってはとても重要なことだったんだよ。気持ちの整理がつかないまま、部室には入れない、とも思った訳で…」
「…そうですよね。失恋した相手と部活では顔を合わさなけりゃですし、ね…」
「そうなんだ。でも、美琴に全部話してスッキリしたよ。もう大丈夫だ」
「はい!お姉も、先輩に実力で勝ちたいって、常に言ってますしね」
「よし、部活開始まであと少しだな…。部室まで急ごう!」
「はい!」
俺は自然と美琴の手を握ると、学校めがけて走りだした。
美琴の心の温かさが伝わってくるかのように、握ったその手からは俺を包み込むような温かさを感じた。
**************
「練習問題125−38。10分計測、よーい、始め!」
いつも通り亜美率いるマネージャー3名が問題を配り終わると、タイマーを片手に持った亜美の声で部活動がスタートした。
美琴にはああ言ったものの、失恋による俺の精神的なダメージは大きかったようで、いくら集中しようとしても、問題になかなか集中ができず、得点が真琴と僅差になることもしばしばだった。
だが、俺は部長としてでなく、一人の選手として他の部員に負ける訳にはいかなかった。「本調子でない時こそ、本当の実力が出る」と部活中常に口にする若林先生の言葉を、声を出さない呪文のように唱えながら、俺は部活動に臨んだ。
そして翌日、地区予選の選手を決める校内選考が行われた…。