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剣世炸 novel site 〜秋風に誘われて〜

秋風に誘われて

著:剣世 炸


第4章 地区予選−2

 美琴と一緒に部室に戻った俺は、若林先生や真琴の出迎えを受けることになった。

「…先生、それに真琴達も…。ご心配をお掛けしすいませんでした…」

「沢継、理由も聞かないし、責めもしない。ただ、お前はパソコン部の部長なんだ。そのことだけは、もう一度心に刻んでおけ」

「はい、分かりました。真琴や紗代にも心配をかけて、すまなかった」

「いいえ。美琴が部長さんを見つけてくれたお陰なんで…。それに、大会での先輩の座は、実力で奪い取りたいですから!」

「私は真琴先輩に言われて動いただけですから…」

「一番心配していたのは、部長さんを見つけた美琴だったんですよ」

「お姉!余計なことを…」

「そうだったのか?」

「えっ、ええ、まあ…」

「ここに戻って来る途中でも言ったけど、ありがとう。美琴」

「先輩…いいえ、お力になれたみたいで、良かったです!」

「よし。役者は揃った。今日も活動頑張っていくぞ!」

「はい先生!」

 部室の奥で練習問題を準備しているのか、亜美の姿が目に入ってきたが、俺は目に入ったこと自体を無かったことにしようと心の中で決め、部活動へ集中することにした。

**************

「!!先輩!良かった…はあ、はあ…」

 走りながら俺の名前を叫び続けていたのだろう。美琴は肩で息をしていた。

「美琴!どうしてここが…」

「誰よりも早く部室に来る煉先輩が今日は居なかったんで、心配して探しに来たんです…はあ、はあ…」

「そうか…それで、俺を探しているのは…」

「私以外には、お姉と紗代が校内を探しています。お姉が先生にも相談してみるって、言ってました…それにしても、先輩、どうしてここに居るんです?今日は正真正銘、部活動の日ですよ!?忘れちゃったんですか?」

「いや、そういう訳じゃなくて…今日は部活に行く気分になれない、というか…」

「…先輩、何かあったんですか?また、亜美先輩とのことですか?」

「…実は、昨日の放課後、答えをはっきり出されたんだよ…」

「えっ、じゃあ、その…」

「美琴が想像している通りだよ。第一、もしOKの答えだったら、俺がこんなに凹んで部活に行く気分になれない、なんて言う訳ないしな…」

「…先輩、学校に戻りながらお話しませんか?お姉達も心配していますし…」

「…そうだな…そうしようか」

 美琴に昨日起こったことの片鱗を話したことで、少し気持ちに余裕ができたのだろうか?俺一人では向かう気配すら見せなかった脚が、学校へと向かって進みだした。

「それにしても、どうして俺が土手に居るって思ったんだ?」

「以前、先輩と話していて聞いたことを思い出したんです。「何か困ったことや悩みごとがあるときは、浅見川の流れを見に行く」って先輩が言っていたことを」

「それって、遠征前に100円ラーメンに行った時に話したことだったよな…食べながら話していたことを、よく覚えていたな…」

「えっ、いや、たまたまですよ。たまたま…」

(『とてもじゃないけど、先輩と話したことは全部覚えてます!なんて言えない…』)

「でも、美琴とこうやって話していると、何だかとっても楽な気分になっていくよ。それに、元気も分けてもらっているみたいな気分になるし」

「ほんとですか!私みたいなのでお役に立ててるなら、とっても嬉しいです!」

「正直、失恋したことを誰にも話せなくて、すごくもやもやしていたんだ。迎えに来てくれたこともそうだけど、話も聞いてくれて、ありがとな」

「…いえ。私で良ければいくらでも力になりますよ!それに、失恋くらいで、先輩の力を世に示せなくなるのは、先輩も不本意じゃないんですか?」

「失恋くらいって…まあ、美琴にはそう映るのかも知れないけど、俺にとってはとても重要なことだったんだよ。気持ちの整理がつかないまま、部室には入れない、とも思った訳で…」

「…そうですよね。失恋した相手と部活では顔を合わさなけりゃですし、ね…」

「そうなんだ。でも、美琴に全部話してスッキリしたよ。もう大丈夫だ」

「はい!お姉も、先輩に実力で勝ちたいって、常に言ってますしね」

「よし、部活開始まであと少しだな…。部室まで急ごう!」

「はい!」

 俺は自然と美琴の手を握ると、学校めがけて走りだした。

 美琴の心の温かさが伝わってくるかのように、握ったその手からは俺を包み込むような温かさを感じた。

**************

「練習問題125−38。10分計測、よーい、始め!」

 いつも通り亜美率いるマネージャー3名が問題を配り終わると、タイマーを片手に持った亜美の声で部活動がスタートした。

 美琴にはああ言ったものの、失恋による俺の精神的なダメージは大きかったようで、いくら集中しようとしても、問題になかなか集中ができず、得点が真琴と僅差になることもしばしばだった。

 だが、俺は部長としてでなく、一人の選手として他の部員に負ける訳にはいかなかった。「本調子でない時こそ、本当の実力が出る」と部活中常に口にする若林先生の言葉を、声を出さない呪文のように唱えながら、俺は部活動に臨んだ。

 そして翌日、地区予選の選手を決める校内選考が行われた…。