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剣世炸 novel site 〜秋風に誘われて〜

秋風に誘われて

著:剣世 炸


第4章 地区予選−3

「…あと10点かぁ、惜しかったなぁ…」

 翌日の部活終了後すぐに貼り出された校内選考の結果を見て、真琴が悔しそうに呟いた。

 俺は何とか1位となり、部長としての面子を保つことができた。だが、2位の真琴との差はたったの10点だった。

「部長さん。事情は美琴から聞いてますけど、これは部長さんの本気じゃないですよね」

「…まあ、そういうことになるかな…」

「…だったら、いいんです。部長。本気の結果が出せるようになったとき、絶対に私が部長さんを超えて見せますから!」

「真琴の期待に応えられるよう、早く本調子になれるよう頑張るよ」

 校内選考の結果、1位は俺、2位は真琴、そして3位は…

「…あと30点かぁ。あと1行入力できていたらお姉に勝てたのに…。惜しかったなぁ…」

「ちょっと美琴!「あと30点」はないでしょ!1行の差は「惜しい」とは言えないわよ!」

「そんなことないもん!ちょっと調子が悪かっただけで、あの問題ならあと1行位行けたはずなんだから!」

「…行けたはず、は「行けた」にはならないわよ!」

「確かに、お姉の言う通りだけどさぁ…」

「美琴、若林先生もよく言っているだろ?「苦しい時の結果が、自分自身の実力なんだ」って」

「…はい。そうですね。部長!お姉だけでなく、私が追撃していることもお忘れなく!」

「そうだな…俺も塞ぎ込んでばかりは居られないな…」

 後輩とのやり取りを聞いてか聞かずか、亜美の居る方に目をやると、亜美は慌てたようすで部活の仕事に戻っていった。

『…少しはあの日のことを気にかけているみたいだな…って、こんなこと考えてちゃだめだよな…』

 俺の中で、あの日の亜美とのやり取りが少しずつおぼろげになってはきていたものの、未だに俺はそのショックから完全復帰することはできていなかった。

 だが、部活を休もうとしたあの日、美琴に発見され励まされた俺は、ほんの少しではあるものの、部活へのモチベーションが回復し、今回の校内選考でもどうにか1位の座を守ることに成功したのだった。

「よし。みんな校内選考の結果は見たな。それじゃあ、ミーティングを行うから、各自席に着くように」

 若林先生の一声で、部員全員が所定の席に着く。

「選手もマネージャーも、皆ご苦労だった。掲示の通り、上位4名を地区予選の選手としてエントリーし、5位と6位を補欠選手としてエントリーすることとする。また、主将は部長であり校内選考で1位となった沢継が、副将は副部長であり校内選考で2位となった嶋尻真琴が務める。補欠の選手も、4名の選手に万が一が起こった時のことを考え、地区大会当日まで気を抜くことなく、練習に励むように!」

「「「「「分かりました!!」」」」」

「地区大会は、来週の日曜日、ここけやき商で行われる。マネージャー陣はその準備も進めていくように!では、今日は解散!」

「「「「「お疲れ様でした!!」」」」」

 若林先生の号令でミーティングが終了し、本日の部活は終了した。

「煉先輩!」

 荷物をまとめ帰ろうとしていた俺は、聞き慣れた声に不意に呼び止められた。

「…美琴!それに真琴と三枝も…」

「先輩。先輩も入れてここにいる3人が予選会の選手に選ばれたということで、帰りにあそこに寄りませんか?」

「あそこっていうと、学校のすぐ近くにあるクレープ屋のことか?」

「…先輩!だんだん私たちの行動パターンが読めてくるようになってきましたね…」

「だって、この前は駅前の100円ラーメン屋に行ったし、その前はいちょう通りのたこ焼き屋に行っただろ?さらにその前は駅前にできた安いカラオケボックスに行ったばかりだから、そろそろクレープ屋かと思ってな…」

「先輩!彼女ができたら、きっといい彼氏さんになれますよ!ねぇ、お姉!紗代! 」

「はい。デート先のレパートリーをいくつも知っている男性はモテますからねぇ」

「美琴の言う通り。部長さんは、きっといい彼氏さんになれます!」

「…そうかな?俺は自分自身のことは、よく分からないから、そう言われてもいまいちピンと来ないけどな…ていうか、今日は煽てても何も出ないぞ!」

「分かっていますよ!でも、今日はクレープ屋に寄ってきましょうよ!」

「…美琴達がそこまで言うなら、クレープ屋に寄って行こうか?」

 美琴達の熱意に押され、俺は彼女らと一緒にクレープ屋に立ち寄りことにした。

 部活の片付けに入っていた亜美の方をチラッと見ると、亜美もチラチラとこちらを見ているようで、俺が亜美の居る方へ顔を向けた途端、視線を逸らし後片付けに集中しているようだった。

『…これでいいんだ。亜美への想いを断ち切るには、亜美のことばかり考えていた俺自身の行動を改めないと…美琴達は、幸いなことに俺を嫌っていないようだし、後輩と放課後を楽しむことは、俺にとっても良いことに違いない…』

 学校を出ると、俺は美琴達と一緒に予定通りクレープ屋に立ち寄り、美味しいクレープを食べながら他愛もない話を小一時間した後、家路に着いた。

 この日を境に、俺の中でも気持ちの整理が一段と進んだせいか、部活での成績にも変化が現れ始めた。それまで伸び悩んでいた記録が、少しずつではあるものの伸び始めたのだ。

 だが、地区大会までの練習期間はあっという間に過ぎ去り、けやき商で行われる地区大会当日を迎えた…。