著:剣世 炸
第4章 地区予選−4
けやき商での、地区予選当日を迎えた。
美琴の感動的な口上の舞台となった体育館には、長机とパイプ椅子、そして最新の端末が約50校分並べられた。
「いつ見ても、この会場の迫力には圧倒されそうになります」
「ああ。俺はこれが3度目、真琴も2度目だったよな」
「はい。全国大会はもっとですけど、地区予選の空気には、去年正直圧倒されました」
「それでも、お姉達は去年の部長さんと一緒に、地区予選、全国大会と駒を進めたんでしょ?」
「まぁ、確かにその通りだけど…。美琴は、この会場を見て、何も思わないの?」
「「何も思わない」と言ったら嘘になるかなぁ…。まだ他校の選手が入っていないから、「大したことなさそう」って感じているだけかも」
「美琴も、地区大会の選手として今回は出場するんだ。他校の選手がここにそろい踏みして、普段の実力が出せない、なんてことにならないようにな」
「はいっ。部長さんこそ、普段の実力が出せるよう祈ってますよ!」
「ありがとう、美琴」
体育館の入口から中の様子を見終えた俺たち3人は、大会前最後の練習をしに部室へと向かった。
「…よし、全員揃ったな。みんな!大会開始まであと3時間だ。それまで、気を抜くことなく練習に励もう!」
「「「「「はい、部長!!」」」」」
「鳳城!大会会場の準備は終わってるんだよな?」
「えっ?!ええ、終わっているわ」
「それじゃあ、鳳城の指示でマネージャー陣は問題の計測を始めてくれ!」
「「「分かりました!」」」
“…煉先輩、鳳城先輩と普通にしゃべれてる…。これなら大丈夫ね”
俺が鳳城を始めとするマネージャーに指示を出し、集まっている部員全員を見渡すと、美琴が俺を見て笑いかけているように見えた。
“…美琴が俺を見て笑いかけてる…。俺の鳳城に対する対応を見て安心した…いやいや、そんな筈は…”
一瞬思考が停止したものの、すぐに俺は我に返り、パソコン画面に向かった。
その後、試合開始の1時間前まで練習を重ねた俺たちけやき商パソコン部の選手は、放送の合図で選手控室に入り、予選開始の時を待った。
それから2時間後、全ての選手の計測が終了し、試合自体は終了した。
更にその1時間後、体育館が綺麗に片付けられ、参加校の選手全員が一堂に会し、閉会式並びに結果発表が行われた。
**************
「…以上、全国大会連続出場を果たすことになったけやき商パソコン部の皆さんでした!」
「…カーット!はい、皆さんお疲れ様でした」
「監督さん、それにテレビ東都の皆さん、ありがとうございました」
「いえいえ若林先生、こちらこそです。良い番組にして見せますから」
「宜しくお願いしますね。沢継に真琴、それに美琴もご苦労さま」
「先生もお疲れ様でした」
俺と真琴、それに美琴の3人は、全国大会の地区代表となったことで、地元テレビの取材を受けていた。
取材自体、俺は3度目となるわけだが、それでも緊張をしなかったと言えば嘘になる。軽く握って膝の上に置いておいた握りこぶしを開いてみると、汗でぐっしょりしていた。
「…煉先輩、手汗、凄いことになってますね」
「ああ、試合する時より緊張したよ…」
「地方テレビとは言え、今回の取材結果は、全国ネットでも放映されるそうですし、ね」
「私、ちゃんと喋れてたかな…」
1週間前にけやき商で行われた地区予選は、個人1位が俺、2位が真琴、3位が美琴という結果だった。
個人でけやき商が上位3位を独占したことで、自動的に団体戦もけやき商の団体優勝ということとなり、全国大会連続出場の記録を更新する形となった。
「煉先輩、ちょっと私に付き合ってもらってもいいですか?」
「えっ、俺?」
取材を受けた校長室から出て、荷物を置いている部室に3人で帰る途中、不意に美琴から提案を受けた俺は、どう返答していいか分からず、その場に立ち尽くしてしまった。
「じゃあ美琴、私は先に帰ってママと夕食の準備しておくから」
「お姉、よろしくぅ〜」
「ではそういうことで、部長さん、また明日です」
「お、おう。気をつけて帰れよ」
「はい!」
元気よく返事を返した真琴は、俺と美琴をその場に残して部室へと走っていった。
「…煉先輩、浅見川の土手へ行きませんか?ちょうど今、夕日が川の水面に反射して、きっと綺麗だと思うんです」
「…そうだな。そうしようか」
俺に気を遣ってか遣わずか、俺のお気に入りの場所への移動を提案した美琴に従い、俺たちは浅見川へと向かった。
靴に履き替え、体育館前の桜並木を通り過ぎ、門を出るまで、俺と美琴は何を話して良いか分からずただ土手へと歩いていたが、その沈黙を破ったのは美琴だった。
「…煉先輩、その後、鳳城先輩とは…」
「亜美か?部活以外で会話らしい会話はしないし、あっちからも話しかけてくるようなことはないな…」
「そうなんですか…。先輩の気分的には、どうなんですか?まだ、鳳城先輩のことが…」
「『完全に忘れられた』と言えば嘘になるな。何せ、1年以上も片思いが俺の中で続いていたんだから。でも、自分でもびっくりする位、気持ちは晴れやかになりつつあるよ。それも、みんな美琴のお陰だと思う」
「えっ?私のお陰?」
「美琴が、この浅見川の土手で塞ぎ込んでいた俺を見つけて、励ましてくれただろう?誰にも相談できなかった鳳城とのことを、美琴が聞いてくれて、さ。それに、おれがどれほど救われたことか…」
「そんな。私は、先輩の話を聞いただけですし…」
「いや、美琴がいなきゃ、今の俺は部長を真琴に譲って、家に引き籠っていたかも知れない。本当に感謝してるよ」
「先輩…(私が先輩の力に慣れているなら、私はそれだけで十分です!)」
「…わぁ、先輩。見て下さい。夕日が川の水面に映っていて、とってもきれい…」
「…本当だ。こんな浅見川は見たことない…」
俺たちは浅見川のあまりの絶景に心を奪われ、その場に立ち尽くした。そして、どちらからともなく手を繋いでいた俺と美琴は、互いの温かさを繋いだ手で感じながら、目の前の景色をしばらくの間見つめていたのだった…