本文へスキップ

剣世炸 novel site 〜秋風に誘われて〜

秋風に誘われて

著:剣世 炸


第5章 優勝と打ち上げ−1

“発表します。日文新聞社主催 第10回日文パソコン入力スピード大会 和文の部総合優勝は………。けやき商業高等学校!”

 会場はけやき商を称える歓声に包まれた。

 横を見ると、真琴は口を手にあて、喜びの涙を流していた。そして、その横にいた美琴は、「やったー!!!」と言いながらその場で飛び上がり、姉とは対照的な方法でその喜びを表現していた。

 俺はというと、喜びよりも「安堵」の気持ちの方が強かった。

 「先輩方が築き上げた伝統」「部長としてのちっぽけな誇り」を守ることができたことに対する安堵だ。

「先輩!やりましたね!!」

「美琴!ああ。そうだな!」

「お姉も、もっと喜べばいいのに!」

「…そうね。あまりの感動に泣いてしまったわ…」

 全国大会は地方大会と違い、主将・副将・三将の3名での参加となっている。けやき商業からは地方大会の結果から、主将として俺、副将として真琴、そして三将として美琴が出場することとなり、1時間ほど前に試合(入力)を終え、結果発表の会場で待機していた。

 結果発表は、まず「団体の部」から発表し、その次に「個人の部」の発表となる。団体で優勝していても、その中に個人優勝者が必ず居るという訳ではないのだ。

「先輩。この後、個人入賞者の発表ですよね?」

「そうだな。美琴も初出場で入賞できるか、楽しみだな…。といっても、俺も人の心配をしているような状況ではないんだがな…」

「…部長。個人入賞の発表に入るみたいですよ!」

 真琴の言葉に、再度緊張が走る3人。

“続いて、個人の部の入賞者発表に移ります。和文の部個人3位は………。けやき商業高等学校2年 嶋尻真琴さんです!”

 会場が再び歓声に包まれる。

 だが、名前を呼び出された真琴は、その場に起立してお辞儀をしただけで、再びその場に座った。

「お姉!個人3位だよ!!もっと喜ばないと!!」

「…」

 俺には真琴が考えていることが痛いほど分かった。“妹の美琴に結果が抜かれているかも知れない…”真琴が考えていることは、最早この1点だけだろう。

 歓声が徐々に薄れていくと同時に、進行が結果発表を続ける。

“続いて、個人準優勝は………。私立田村女子高等学校3年 向井美紅さんです!!”

 団体優勝を果たしたけやき商業の3名が連呼されると多くの観客が思っていたのだろう。結果発表直後に沈黙の時間が発生した。だが、その沈黙は、盛大な歓声にかき消された。

「ええー!!準優勝は私じゃないの…?」

「…美琴が、準優勝じゃない!?」

 真琴と美琴もご多分に洩れず、大多数の観客と同じことを考えていたようだった。

「…私が煉先輩に勝てるはずないし、私は表彰されないのか…」

「美琴、まだ分からないぞ。俺よりも良い成績だったら、美琴の優勝も十分に考えられる訳だし」

「それはそうかもですけど…」

「…2人とも、静かに。個人優勝が発表されますよ」

 今度は俺が優勝だと決めつけているのか、真琴が少し落ち着いた様子で静粛を促す。

“最後に、個人優勝の発表です。和文の部個人優勝は………。けやき商業高等学校3年の沢継煉さんです!!団体優勝のけやき商業高等学校の選手と、個人入賞した選手は前に出て下さい!!”

 大きな歓声と拍手の中俺ら3人は前に出て、団体優勝、個人3位、個人優勝の順に表彰状・トロフィー・副賞などを頂戴した。

「部長やりましたね!」

「煉先輩!W優勝、おめでとうございます!」

「2人とも、ありがとう!!」

 全ての部門の表彰式が終わると、俺ら3人と引率してきた若林先生はけやき商に戻り、定例となっている体育館での記者会見の席に臨んだ。この記者会見には地元メディアだけでなく、全国ネットの放送局も呼ばれ、生中継が組まれた。

 真琴は昨年と同じながらも入賞できたことの喜びの報告を、美琴は入賞こそ逃したものの個人では4位に入り団体優勝に貢献できたことを、俺は個人・団体優勝できたことの喜びの報告をそれぞれ行い、最後に若林先生からの報告で記者会見は締めくくられた。

「何回やっても、記者会見は慣れないもんだな…」

「私は初めてでしたけど、結構楽しかったですよ!」

「この子の良いところは、どんな時でも「お気楽」に臨むことができることくらいですから…」

「『常に平常心で居られる』って言ってよ、お姉!」

 記者会見を終えた俺たちは、ようやく帰路に就くことができた。

 長い一日だったが、団体・個人ともに優勝を果たした俺は、とても清々しい気持ちだった。

「…そうだ!部長さん。私、急に用事を思い出したんで、先に帰りますね」

「お姉!今日は一緒に帰って駅前のカフェで甘い物食べて帰るんじゃなかったの?」

「美琴、ごめんね。それじゃ、部長さん。美琴のこと、宜しくお願いしますね」

「真琴!よろしくって…」

「それじゃ部長さん。また明日学校で!」

 美琴にも俺にも理由らしい理由を述べることなく、真琴はその場で俺に一礼すると、ダッシュで駅に向かった。

「…美琴、真琴と用事があったんじゃ…」

「…えっ!ええ。まあ、そうだったんですけど、お姉、行っちゃいましたし…」

「…とりあえず、駅まで行こうか?」

「はい!」

 突然二人きりにされた俺たちだったが、ひとまず駅まで向かうことにしたのだった…。