著:剣世 炸
第5章 優勝と打ち上げ−3
「…それで、沢継君。いや、部長さん。私をこんな所に呼び出して、一体何の話かしら?」
全国大会並びに優勝記者会見が行われた翌日の放課後、俺はパソコン部のマネージャー長である亜美を、旧校舎と新校舎を繋ぐ人気の少ない渡り廊下に呼び出していた。
昨日の帰り道、美琴との会話の中で彼女と約束した「打ち上げ」について、マネージャー主導で動いてもらうため、部長である俺から亜美に指示を出すためだ。
「…実は、選手である俺から話すのも何なんだが、今回の大会の慰労会兼打ち上げを部としてやってはどうだろうか、と思ってね…」
「…確かに、選手である部長さんから本来提案されるべき内容の話ではないわね。それで、先生の許可は取っているのかしら?」
「ああ、若林先生からは許可をもらっている。ただ、学校からの補助金は一切出ないから、その辺を工夫して、会費は1,500円以内に抑えるように、とは言われたが…」
「…そう。分かったわ。会費1,500円でやれることと言えば、学割のカラオケとか食べ放題とかかしらね…」
「内容は任せるよ。開催日は、学校主催の祝賀会が開かれる今度の土曜日の午後ってことで…」
「分かったわ」
「…」
「…」
会話の内容が完結してしまい、俺と亜美の間に重い空気が立ち込める。
そんな空気を払拭するかのように、気づくと亜美から会話を切り出していた。
「…その、こんな風に話すのはずいぶん久しぶりだと思うし、部活の様子を見ているから何となくは分かっているつもりだけど、元気にしているの…」
「…えっ、まあ、何とか」
「…ずいぶん後輩と仲が良いみたいだけど、もしかして…」
「…いや、そう見えるかも知れないけど、そんな関係じゃないよ…」
「…そう」
「…亜美、いや、鳳城もアイツとはどうなんだ?」
「…同じクラスなのに、彼と会話している時に、私の話は出ないの?いや、出るわけないか…」
「ああ、アイツは鳳城の話はクラスじゃしないな…クラスの連中が、うちのクラスの前の廊下を鳳城が通り過ぎた時に、アイツを冷やかすことはあるけどな…」
「そう…彼とは仲良くやっているわよ。進学先も同じ大学になりそうだし」
「そうか。まあ、うまくやってくれ」
「ええ。それで、用件は以上?」
「ああ。…それじゃあ、打ち上げの件は任せたよ」
俺はその場で振り返ると、歩きながら右手を上げて別れの仕草をした。
「沢継君!」
予想しなかった亜美の呼び止めに、足を止める俺。
「…その、沢継君の気持ちを知りながら返事を返さなかったこと、今はとても後悔しているの。部活への影響を理由にして、自分自身に対するズルさを誤魔化していたことにも今じゃ自分に腹が立っているし、だから…」
付き合っているクラスメイトと何かあったのだろうか…。まるで堰を切った川の流れの如く、俺に思いの丈をぶつけてくる亜美。
昔の俺、亜美に想いを寄せていた頃の俺ならば、喜んでこの思いを受け止めたことだろう。
しかし、今の俺に亜美の思いを受け止める理由は、どこにも存在しなかった。
「鳳城!もういいんだ。俺は鳳城とのことを乗り越えたんだ。だから、もし俺の心配をしているなら、やめてくれ!俺は、もう前に進んでいるんだよ!」
「…沢継君…」
「それじゃあ、打ち上げの件、任せたから…」
「…」
俺は、大地の鎖に縛り付けられていた足を強引に動かし始めると、鳳城を残して渡り廊下を後にした。
翌々日の放課後、部室であるパソコン室の掲示版に打ち上げの詳細が発表され、副部長である真琴から、打ち上げの詳細が発表された。
本来、大会や部で行われるイベントの告知や詳細は、部長から行われることとなっている。
しかし、全国大会が終わった今、俺たち3年生の部員はほぼ自動的に「引退」となる。部員としての籍は残されるものの、部長等の役職は解かれ、部活への参加も強制ではなくなるのだ。
ご多分に洩れず、俺も今度の祝賀会で部長職を解かれ、引退となる。故に、全国大会の成績で俺の次点であった真琴が次期部長となることが明確になったため、今週の部活から、俺が行っていた部長としての業務を真琴に引き継いだ、という訳だ。
「部長が引退なさっていない現状において、誠に僭越ではありますが、副部長である私より部員の皆さんにお知らせ致します。今回の全国大会での団体連続優勝記録更新並びに個人入賞の打ち上げとして、今度の土曜日の、優勝祝賀会後にみんなでカラオケに行くという企画が持ち上がりました。皆さんのお手元にある資料の通りですが、参加できない方のみ、欠席届をマネージャー長の鳳城先輩にお渡し下さい。また会費は、祝賀会終了後に部室で記念撮影を行う際に、鳳城先輩が集める予定です。宜しくお願いします!」
真琴は打ち上げの告知を終えると、俺の隣の端末に戻ってきた。
「ふう…今週3回目の「部長業務」でしたけど、なかなか慣れませんね…」
「そうか?俺はなかなか「さまになってきた」と思うけどな…」
「お姉は、基本的にどんなことでも卒なくこなす人だからなぁ。私には真似できないかも」
「入学式の誓いの言葉で、あれだけの口上をやすやすとこなした人が、何言ってるんだか…」
「あれは、お家で何回も練習したし、パパやママ、それにお姉にも聞いてもらったから…」
「…これは、俺の居ないパソコン部も、2年先までは安泰だな」
俺はそう独り言を呟くと、先ほど真琴が告知を行った場所へ目をやった。
部長の次は、マネージャー長からの告知となっていて、告知がない場合でも「練習を始めます」の合図で部活がスタートするはずなのだが、そこに居るはずの鳳城の姿が見当たらない。替わりに、2年生の副マネージャー長がその場に居て、真琴と同じような入り方で話し始めた。
「鳳城先輩が引退されていない状況の中、誠に恐縮ですが副マネージャー長である私より、選手とマネージャーの皆さんにお知らせします…」
「…そうか。3年生の先輩マネージャーも、この1週間で「引退」になるんだ…」
「鳳城も、業務を引き継ぐために、2年のあのマネージャーを後継に決めたってことだな…」
「そうですね。あの子は私のクラスメイトでもあるんですけど、いろいろとしっかりしているから、いいマネージャー長になると思いますよ」
「真琴のお墨付きがあるなら大丈夫だろうな」
こうして、選手・マネージャーのそれぞれの「引き継ぎ」が滞りなく行われ、3年の実質引退日となる優勝祝賀会当日を迎えたのだった。