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剣世炸 novel site 〜秋風に誘われて〜

秋風に誘われて

著:剣世 炸


第6章 美琴−1

「お姉!約束通り参加しに来たよ!!」

 私は嶋尻美琴。中学3年生。

 今日は、真琴お姉ちゃんが通う「都立けやき商業高等学校」の文化祭を訪れ、パソコン部主催『第1回けやき商入力スピード大会』に参加するため、パソコン部の部室に来ていた。

 お姉ちゃんは、けやき商の「パソコン部」に所属していて、今年の夏に行われた日文新聞社主催「日文パソコン入力スピード大会」の全国大会で個人3位に入賞した強者。私もそこそこパソコンの入力スピードは速いのだけれど、私が追い付きそうになる度に、お姉ちゃんの入力スピードは速くなっていて、いつまでも追いつけずにいた。

「美琴!「お姉」はないでしょ、お姉は!」

「じゃあ、「お姉さま」ならいいの?」

「もう、こんなところで冗談言うのはやめて!」

「はいはい。!もしかして、この人たちが…」

 私は、お姉ちゃんの席の前列に座っている男の先輩方を見て、お姉ちゃんに尋ねた。

「そうよ。テレビでも見たでしょ。この前の大会で優勝した部長さんと副部長の煉先輩よ」

 お姉ちゃんがそう言うと、部長さんと煉さんがその場に立ち上がり、私の方を見る。

「こんにちは。真琴ちゃんから、いろいろ話は聞いているよ。今年、けやき商を受験するんだって!?」

「部長さん!それに煉さん!とても光栄です。自己紹介が遅れました。私、真琴お姉ちゃんの妹で、嶋尻美琴って言います。今年、けやき商を受験する予定ですっ。よろしくお願いします!」

「そうなんだ。真琴の妹ってことは、さぞ入力スピードも速いんだろうね」

「いいえ。お姉ちゃんほどではありません」

「そうそう。美琴が私に追いつくのは、百年早いんだから!」

「そんなことないもん。お姉ちゃんが高校卒業するまでに、追いついてみせるんだから」

「いいねぇ。これで、我がけやき商パソコン部の将来は安泰だな」

「部長さん、まだ美琴はけやき商を受験すらしていないんですよ」

「そうだったな。美琴ちゃん。受験勉強もしっかりね。けやき商は商業高校だけど、偏差値は普通高校の中の上くらいのレベルだったはずだよ」

「はいっ。今受験勉強も頑張っている最中です」

「そうなんだ。頑張って受験戦争を突破して、俺たちと一緒に頑張ろう!」

「煉さん!いえ、煉先輩、ありがとうございますっ!」

「(テレビで見た時も感じたけど、部長さん、カッコいいなぁ。でも、煉さんはもっと…)」

 4人で会話をしている間に、教室内はあっという間に人で埋まっていて、もうこれ以上は入れませんって状態になっていた。

「間もなく、『第1回けやき商入力スピード大会』を始めさせていただきます。選手の皆さんは、所定の端末の席にお着き下さい」

「ほらっ、もうすぐ始まるわよ。美琴も、指定されて場所に着席して!」

「美琴ちゃん、また後でね。結果を期待しているよ!」

「部長さん、ありがとうございます!」

 私は、部長さんと煉さんの座る方向に向かって手を振りながら、指示された席まで歩き、着席した。

「(煉さんに恥ずかしい成績は見せられないわ!この大会、優勝するぞって位頑張ってみるんだから!)」

「それでは、第1回けやき商入力スピード大会を始めます。皆様、お手元にある問題をご覧下さい…」

 大会が始まった…。

*  * *

 大会が終わり参加者の採点が行われている間、私は一緒に来ていた友人と一緒に他のブースを見て回ることにした。

 けやき商は部活が大変盛んで、パソコン部以外にも多くの部活が全国大会に参加をしている。

 文化祭でも、クラスでの出店を始め、部活動主催のブースも多く参加していて、飽きるようなことはなかった。

 しばらくすると、校内放送が私の耳に入ってきた。

“ご来場の皆様に連絡致します。間もなく、先ほど行われましたパソコン部主催第1回けやき商入力スピード大会の結果発表が行われます。ご参加頂いた方々は、大変恐れ入りますが第2OA教室までお戻り頂きますよう、お願い致します…”

「美琴、私、この用事があるの。あなたも結果を見に戻るんでしょ?ここで別れましょう」

「そうね。わかったわ。それじゃ、また学校でね」

 私は一緒に来ていた友人と別れると、パソコン部の部室へと戻った。

「美琴!遅かったじゃない!」

「お姉。ごめんごめん。でも、結果はまだでしょ」

「今、部長さんから発表されるところよ」

 私は大会の際に使った場所に着席すると、結果発表を待つ。

「それでは発表します。第1回けやき商入力スピード大会 第3位は…市立銀杏第一中学校3年の嶋尻美琴さんです。嶋尻さんは、前に出て下さい!」

「!!えっ、私!?)」

 満員になったパソコン室に木霊する拍手の音に恐縮しながらも、私はその場に立つと一礼し、部長さんのいる場所へと向かった。

 第1回けやき商入力スピード大会の結果は、準優勝がお姉ちゃんで、優勝は煉さんだった。

 表彰式が終わり、一気に人気のなくなったパソコン室には、私、お姉ちゃん、部長さん、そして煉さんが残っていた。

 私は表彰式で授与された賞状と入賞カップを持ち、お姉ちゃんのいるところに向かった。

「お姉!すごいでしょ〜!私、3位に入ったよ!」

「だから、お姉ちゃん、でしょ!3位に入ったのは凄いと思うけど、やっぱり、私には勝てなかったわね!」

「いやいや、まさか私が煉や真琴にだけでなく、中学生の美琴ちゃんにまで負けるとは…」

「練習も満足にしていないのに、4位になった部長は、やはり凄いと思いますよ、俺は」

「そうです!一緒に練習していたら、煉先輩や私、それに美琴は足元にも及びませんでしたよ」

「(そうか…私が入賞できたのは、部長さんが練習不足だったからか…。受験勉強も頑張らなきゃだけど、入力練習も怠らないようにしないと…)」

「それにしても、煉さん、いえ、煉先輩!さすが次期部長ですね!今回は、一緒に参加できて本当に嬉しかったです♪私、けやき商に絶対合格して、お姉や煉先輩と一緒の舞台に立てるよう、頑張りますから!」

 私がそう煉さんに言い切ると同時に、背後から嫌な気配を感じ取った。その気配がなんだったのか、この後すぐに判明することになる。

「はいはい。けやき商入力スピード大会は終了しました。部外者の方は、OA教室から退室して下さい!」

 端末とディスプレイの電源をOFFにしながら、まだ部外者である私に対して、その気配は退室を勧告してきた。

「…亜美先輩!少しぐらい、いいじゃないですか。片付けなら、私たち1年でもできますし」

「そうだよ亜美。それに、入賞した美琴ちゃんは、来年けやき商に入学する予定らしいしさ」

「そうは言っても、まだ部外者は部外者です。そうですよね、部長」

「まあ、そういうことにはなりそうだが、もう私は引退しているし、やはり、こういうことはもう煉の判断でいいんじゃないのか?」

「…分かりました。でも、部外者であることに変わりはありません。早めに退室して頂きます!」

「おい、亜美。なんなんだよ!」

「別に!それに、次期部長さん。あなたが私のことを「亜美」と、いつから呼べるようになったんです?」

「…それは…」

「はい、それじゃ片付けがありますから、部外者の方は退室願います」

「…」

 私は一連のやり取りに、一瞬放心状態になった。それを察してか、お姉ちゃんが私の肩を叩き、正気に戻してくれた。

「そういう訳だから、美琴、外に行きましょう」

「…えっ、ええ。分かったわ」

 お姉ちゃんは私の手を取ると、引っ張るようにOA教室の出口に向かい始めた。

「…それじゃ、後片付け、宜しく頼んだよ」

煉さんは、ばつが悪そうに片付けを始めたマネージャーの方々にそう言い放つと、私とお姉ちゃんの数歩後ろから、部長さんと一緒にOA教室の出口へと向かい始めた。

 私は、煉さんと部長さんに聞こえない程度の声量で、お姉ちゃんに話しかけた。

「それにしても、あの人、一体だれなの?それに、煉先輩にも何だか可笑しな事言っていたようだし…」

「あの人は、鳳城亜美。煉先輩と同じ2年生で、パソコン部のマネージーさんよ」

「へぇ。で、あれはどういうこと?「亜美」と呼べるとか呼べないとか…」

「ああ、そのことね。煉先輩は、どうやら亜美先輩のことが好きで、数か月前に想いを告げたようだけど、返事してもらえていないらしいの。で、亜美先輩は自分の彼氏にしか、呼び捨てにしてもらいたくないみたいで、煉先輩はそこを逆手に利用して、私たちと同じようにわざと下の名前で呼んでいるようだけど…」

「そうなんだ、片思いの相手、ね…」

 私はふと後ろを振り返ると、煉さんと部長さんも話をしている様子だった。私が歩きながら手を振ると、それに気づいた煉さんが軽く手を振り替えしてくれた。

「…美琴、ずいぶん煉先輩のことを気にしているようだけど…。あなた、もしかして…」

「そんなんじゃないよ。そりゃ、とってもカッコいい人だとは思ったけど…」

「そう!」

「…もう、私をからかったのね」

 他愛もないやりとりをお姉ちゃんとしていると、不意に部長さんが私達の横まで来ていた。

「真琴ちゃんに美琴ちゃん。今日はこれで部活のイベントは終了したから、特にクラスとかで問題がなければ、煉と一緒に校内を回るといい」

「はい。分かりました」

「えっ、煉さんと一緒に校内を回れるんですか…」

「そうだ。煉は来年度の部長だから、自分が来年入学して、所属しようと思っている長を、少しでも観察していくといい。それじゃ、私はこれで…」

 そういうと、部長さんは手を振りながら、雑踏の中へと消えていった。

 その後、後から私とお姉ちゃんに追いついた煉さんと一緒に、けやき祭の各ブースを回ることとなった。

模擬店で飲食したり、展示ブースで趣向を凝らした展示を見て楽しんでいるうちに、夕日もすっかり落ちて、あっという間にけやき祭の終了時刻となった。

「煉さん、今日は本当にありがとうございました!私、一生懸命受験勉強頑張って、来年けやき商に入学します。そして、煉さんの下で一緒に部活動を頑張ります!」

「美琴ちゃん。その日が来ることを、俺も願っているよ」

「煉さん…ありがとうございます!」

「私はクラスの後片付けがあるから一緒には行けないけど、気をつけて帰るのよ」

「分かったよお姉。煉さんもお元気で!」

 私は煉さんと固い握手を交わし、その思いを再度胸に誓うと、けやき商を後にした。

 …月日は流れ、私はけやき商の入学試験に合格。入学式での新入生誓いの言葉の大役をなぜか任され、入学式当日を迎えたのだった…。