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剣世炸 novel site 〜秋風に誘われて〜

秋風に誘われて

著:剣世 炸


第6章 美琴−2

 4月上旬。入試を無事に突破し、何故か入学式での代表の言葉を任された私は、この1か月間、中学校や自宅でみっちり練習し、紙を見なくてもスラスラと代表の言葉を言えるまでになっていた。

 数時間後に口上を述べる時間を迎える私は、少しだけ緊張しながらも、新しい制服に身を包み、お母さんと一緒にけやき商の敷地内へと入った。

 校門から入学式が行われる体育館までの道は桜並木になっていて、遅咲きの桜が私たち新入生を歓迎するかの如く、桜吹雪を浴びせていた。

 道の両サイドを見ると、さまざまな部活の先輩方が陣取っていて、新入生の勧誘合戦を繰り広げている。

「サッカー部をよろしくお願いしまーすっ」

「野球部は、運動神経抜群なみんなを待っているぞ!」

「マンガやイラストが好きな人は、ぜひマンガ研究会に足を運んでください!」

「日本の文化、将棋や囲碁をやりたい人はいないかな?」

 それぞれの部活が、趣向を凝らした勧誘を繰り広げる中、私の足はある部活へ一直線だった。

「パソコンの入力大会で連続優勝のけやき商パソコン部で〜す!!」

「昨年テレビで放映された、個人入賞した部員も居ま〜す!!」

「仮入部期間に、ぜひ一度パソコン室へ来てくださ〜い!!」

 昨年の文化祭を訪れた際、私を「部外者」とし、結果的に当時の部長・煉先輩・お姉共々パソコン室から退室させた、あのマネージャーさんが中心となって、パソコン部への勧誘をしている。

 私は、奥に煉先輩とお姉の姿を見つけると、マネージャーさん達を素通りし、まっすぐ奥へと向かった。

「お姉!それに煉先輩!じゃなかった…。今は部長さんなんだっけ」

「だ・か・ら!お姉じゃないでしょっ。お姉じゃ!!」

「美琴ちゃん!真琴から入学が決まったとは聞いていたけど…。元気そうで何より!!」

 煉先輩は、文化祭の時と変わらず、とても優しく話しかけてくれた。

 入試突破を誓い、煉先輩と固く握手を交わした、文化祭終わりのあの瞬間から、私は先輩と一緒の土俵で他愛もない会話ができるようになることを心待ちにしていた。

 今、その土俵が整えられたことを実感し、私は最大の満足感に浸っていた。

“新入生とその保護者の方にご連絡致します。間もなく、体育館にて入学式を挙行致します。体育館にいらっしゃらない方は、会場までお急ぎ頂きますよう、お願い致します。繰り返します…”

「美琴!そろそろ入学式が始まるわよ。早く行きなさい!」

「は〜い!!部長さんっ!また後でお話しましょう!」

「ああ。気をつけてな!それと、新入生代表の言葉、期待してるからな!」

「ふぇ〜。そのことは言わないで下さいよ〜。お話して緊張がほぐれたと思ったのに…」

「美琴。ヘマしないようにね」

「は〜い!」

 煉先輩の言葉で一気に現実に引き戻された私は、パソコン部のブースを後にした。

「(煉先輩の前で無様な姿は見せられない…絶対に成功させなきゃ!)」

 私は、頬を軽く2回叩くと気合を入れなおし、お母さんと一緒に入学式が行われる体育館へと入っていった。

 

* * *


 体育館の入口で受付を済まし、お母さんと別れた私は新しい担任の先生に呼び止められ、代表の言葉に関しての指導を受けた。

 その後、用意された最前列の席に着席し、式の開始を待つ。

「式の後には、去年けやき商で活躍した部活の先輩方がパフォーマンスをするらしいわね」

「そうみたいね。この狭い体育館のステージで、どんなパフォーマンスをするのかしら?」

 こんな会話があちこちから聞かれる中、司会席にけやき商の先生が立つ。

“それでは、20××年度。都立けやき商業高等学校 入学式を始めます…”

 入学式が始まった。参列者全員による「国歌斉唱」、在校生による「校歌斉唱」に始まり、校長先生や来賓の挨拶が続く。

 そして、「在校生歓迎の言葉」が終わり、言葉を述べた先輩が壇上から降りると、先生方の席の後方に用意された席に座った。

“続きまして、「新入生代表の言葉」 新入生代表 1年A組 嶋尻美琴”

「はい!!!」

 私は大きな声で返事をしスッとその場に立つと、壇上へと向かった。そして…

“先生方、来賓の皆様、先輩方、そして満開の桜に歓迎され、私たち新入生258名は、今日都内随一の名門校、けやき商業高等学校の門を叩くことができました。これから充実した3年間が待っているのかと思うと、嬉しい気持ちでいっぱいです!”

 私は、念のため(というか、けやき商に提出するため)に用意した紙を見ず、式に参列している方々の方向を見渡しながら、代表の言葉を述べ始めた。

“私は、出身校である市立銀杏第一中学校時代、けやき商の文化祭を訪れました。そこで、さまざまなブースを見学しましたが、全国大会で連続優勝しているパソコン部の入力スピード大会に参加し、第3位に入賞し表彰されました。私の姉もパソコン部に所属し、昨年の全国大会で個人2位になっています。私は、けやき商でさまざまな資格検定試験を獲得すると同時に、パソコン部で姉に負けないよう練習を重ね、先輩方が代々築いてこられた伝統を守っていきたいと考えています…”

 会場の静かなどよめきが、壇上にいる私にもひしひしと伝わってくる。紙を見ずに、スラスラと代表の言葉を言えている証だ。

“…最後になりましたが、先生方、そして先輩方。私たち新入生は、右も左も分からないことばかりです。どうぞ、私たちがけやき商の伝統を守っていけるような生徒になれるよう、お導き下さい。そして私たちは、先生方、先輩方の教えを心に刻み、高校生活3年間を充実したものとしたいと思います。新入生代表 嶋尻 美琴”

 代表の言葉を述べ終えた私は、懐から代表の言葉が書かれた紙を取り出すと、マイクの横に置いてその場で最敬礼をした。

 刹那、予想だにしなかったことが起こる。

「素晴らしい誓いの言葉だったわ!bravo!!」

 来賓の一人がその場に立ち上がり、スタンディングオベーションをしたのだ。

 これを皮切りに、会場内は一気に拍手の渦に飲み込まれ、会場にいる全員がその場に立ち上がり、拍手をしていた。

 私は突然の出来事に恐縮しながらも、いつまでもその場にいる訳にはいかなかったので、壇上にいる両サイドの参列者に向かって最敬礼し、自分の席へと戻った。

 以降、特に大きな問題もなく次第通り式は進み、いよいよ昨年度活躍をした部活動のパフォーマンスタイムとなった。

 煉先輩やお姉が所属するパソコン部は「取りを務める」ようで、私は煉先輩やお姉によるパフォーマンスの時間を、今か今かと待ち望んでいた。

“それでは、最後にパソコン部による「リズム入力」と「リアルタイム入力」の実演です。パソコン入力大会で団体優勝・個人1〜3位制覇の実力は伊達ではないことを、とくとご覧下さい”

「(いよいよ煉先輩達の発表だわ!)」

 私だけでなく、会場でパフォーマンスを見ていた全員が、ステージの奥にある第2ステージの幕に注目する。

 パフォーマンスの前に気合を入れたのだろうか?奥から「オオー!!」という掛け声が聞えると同時に第2ステージの幕が上がり、スピーカーからは大人気アーティストのリズミカルな音楽が流れ出す。

 会場に設置された大きなスクリーンには、遠隔操作で動くカメラを自由自在に操る放送部が、パソコン部の部員・キーボード・部員…といった順番で映像を捉え、映し出していた。

 また、煉先輩が操作しているパソコン画面は、別に用意されたスクリーンに映し出されていて、リズミカルにカーソルが動く様と、部員たちのリズミカルなキータッチが相まって、会場からは感嘆の声があがった。

「さすが、全国大会で去年個人準優勝した部長さんだわ…」

「私、パソコン部のマネージャーとして所属してもいいかも♪」

 新入生の中からは、パソコン部への入部を希望する声が上がり、後列で見守る保護者席からは、まるで溜息とも取れる感心の息遣いが、新入生の席にいる私にも伝わってくる。

 アーティストの音楽が終わると、今度は昨日流れた国営放送ニュース番組のタイトルと音楽が流れ始めた。

「今度は何が始まるのかしら?」

「アナウンサーが読み上げるニュースをリアルタイムで入力するって実演みたいよ」

「そんなことが、高校生にできるのかしら?」

会場がざわつき始めたその時、タイトル画面はアナウンサーが原稿を読み上げるスタジオへと切り替わった。

 私たち参列者と、煉先輩をはじめとしたパソコン部部員に緊張が走る。

“こんばんは。4月○日、午後9時のニュースをお伝えします…”

 アナウンサーの声がすると同時に、リアルタイム入力が始まった。

 アナウンサーの読み上げたニュースが、数秒遅れて文字として表示されていく。

 5分間の実演の中で、私が把握できた誤字脱字はほとんどなく、その精度はプロ顔負けだということが私にもわかった。

「(…煉先輩、それにお姉ちゃん…私、二人に負けないよう頑張るから!!)」

“…気象予報士の才田さん、ありがとうございました。それでは、また明日”

 アナウンサーが締めの挨拶をすると同時に、都心を走る夜の高速道路が映し出された。そして、先輩達が入力したアナウンサーの最後の言葉が数秒遅れて画面に映し出され、リアルタイム入力の実演は終了した。

 刹那、私の体はまるでプログラムされていたかのように、自動的に動いていた。

「煉先輩!bravo!!」

 体育館を支配していた静寂を私の言葉が打ち破り、参列者全員の惜しみない拍手の嵐が巻き起こった。

 そしてその嵐は、ステージの幕が下りてからしばらくの間、鳴り止むことはなかった。


* * *


「煉先輩。はいっ、入部届け!」

 入学式翌日から始まった「仮入部期間」の放課後、私はパソコン部の部室に、新入生としてはトップバッターで入室した。

「美琴ちゃん!まだ「仮入部期間」だよ?他の部活は見なくてもいいのかい?」

「部長。それは愚問ですよ。この日この瞬間のために、美琴はけやき商に入ったようなもんなんですから…」

「お姉!そんなんじゃないってば…。私はお姉を越えたくて入部するんですっ」

 私とお姉ちゃんのやり取りを見ていた煉先輩が、まるで妹たちの喧嘩を微笑ましげに見つめる兄のような顔で笑いかけている。

「あーっ。煉先輩、今笑った!」

「いやいや、笑ってないよ、美琴ちゃん」

「美琴、でいいですよ。お姉は「真琴」って言われているみたいですし、不公平です!」

「…何で不公平なの?」

「!!いえ、別に。とにかく、私のことも呼び捨てでいいですから」

「分かったよ」

 その後、入学式でのパフォーマンス効果か、パソコン部への新入生の入部希望者は50名を越えた。

 ただ、パソコン部の部室には端末が50台しかなく、先輩部員は既に30名いる。顧問の若林先生と部長である煉先輩の判断で、昨年の文化祭の大会で入賞を果たした私を除く希望者全員を顧問の若林先生、煉先輩、お姉の3人で面接し、新入生の入部希望者は25名までに絞られた。

 面接と仮入部期間が終わり、本格的な部活動が始まると、部室の端末は全台部員で埋まった。そして私は心機一転、パソコン部の新入部員として、先輩方と一緒に練習する日々が始まった…。