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剣世炸 novel site 〜秋風に誘われて〜

秋風に誘われて

著:剣世 炸


第6章 美琴−5

「発表します。日文新聞社主催 第10回日文パソコン入力スピード大会 和文の部総合優勝は………。けやき商業高等学校!」

 会場はけやき商を称える歓声に包まれた。

 横を見ると、お姉は口を手にあて、喜びの涙を流していた。そして、その横にいた煉先輩は、手を握り締め小さく『よし!』と呟いていた。

 私は、煉先輩やお姉と共に出場し、団体優勝することができたことに、感無量だった。

「!!先輩!やりましたね!!」

「美琴!ああ。そうだな!」

「お姉も、もっと喜べばいいのに!」

「…そうね。あまりの感動に泣いてしまったわ…」

「先輩。この後、個人入賞者の発表ですよね?」

「そうだな。美琴も初出場で入賞できるか、楽しみだな…。といっても、俺も人の心配をしているような状況ではないんだがな…」

「…部長。個人入賞の発表に入るみたいですよ!」

 お姉の言葉に、再度緊張が走る3人。

「続いて、個人の部の入賞者発表に移ります。和文の部個人3位は………。けやき商業高等学校2年 嶋尻真琴さんです!」

 会場が再び歓声に包まれる。

 ところが、名前を呼び出されたお姉は、その場に起立してお辞儀をしただけで、再びその場に座った。

「お姉!個人3位だよ!!もっと喜ばないと!!」

「…」

 私には、お姉の考えていることはよく分からなかった。でも、私自身に湧き出てきたある一つの思いは、はっきりと意識することができた。

「(お姉に勝てたのかも知れない…)」

 そんなことを心の奥底で思っていると、会場に満ちていた歓声が徐々に薄れていくと同時に、進行が結果発表を続けた。

「続いて、個人準優勝は………。私立田村女子高等学校3年 向井美紅さんです!!」

 団体優勝を果たしたけやき商業の私たちの名が連呼されると、多くの観客が思っていたのだろう。会場を、沈黙という名の空気が支配する。

 私自身も、『次は私の名前が呼ばれる』そう思い込んでいた。だが、その沈黙は一瞬にして歓声と共にかき消された。

「ええー!!準優勝は私じゃないの…?」

「…美琴が、準優勝じゃない!?」

「…私が煉先輩に勝てるはずないし、私は表彰されないのか…」

「美琴、まだ分からないぞ。俺よりも良い成績だったら、美琴の優勝も十分に考えられる訳だし」

「それはそうかもですけど…」

「…2人とも、静かに。個人優勝が発表されますよ」

「最後に、個人優勝の発表です。和文の部個人優勝は………。けやき商業高等学校3年の沢継煉さんです!!団体優勝のけやき商業高等学校の選手と、個人入賞した選手は前に出て下さい!!」

 大きな歓声と拍手の中、私たち3人は前に出て、団体優勝、個人3位、個人優勝の順に表彰状・トロフィー・副賞などを頂戴した。

「部長やりましたね!」

「煉先輩!W優勝、おめでとうございます!」

「2人とも、ありがとう!!」

 全ての部門の表彰式が終わると、私たち3人と引率してきた若林先生はけやき商に戻り、定例となっている体育館での記者会見の席に臨んだ。この記者会見には地元メディアだけでなく、全国ネットの放送局も呼ばれ、生中継が組まれた。

 煉先輩は個人・団体優勝できたことの喜びの報告を、お姉は昨年と同じながらも入賞できたことの喜びの報告を、そして私は入賞こそ逃したものの個人では4位に入り団体優勝に貢献できたことをそれぞれ報告し、最後に若林先生からの報告で記者会見は締めくくられた。

「何回やっても、記者会見に“慣れ”は存在しないもんだな…」

「私は初めてでしたけど、結構楽しかったですよ!」

「この子の良いところは、どんな時でも「お気楽」に臨むことができることくらいですから…」

「『常に平常心で居られる』って言ってよ、お姉!」


 記者会見を終えた私たちは、ようやく帰路に就くことができた。

 長い一日だったが、団体優勝、個人入賞を果たした私は、今とても清々しい気持ちだった。

「…そうだ!部長さん。私、急に用事を思い出したんで、先に帰りますね」

「お姉!今日は一緒に帰って駅前のカフェで甘い物食べて帰るんじゃなかったの?」

「美琴、ごめんね。それじゃ、部長さん。美琴のこと、宜しくお願いしますね」

「真琴!よろしくって…」 「それじゃ部長さん。また明日学校で!」

 煉先輩にも私にも理由らしい理由を述べることなく、お姉はその場で煉先輩に一礼すると、ダッシュで駅に向かった。

「…美琴、真琴と用事があったんじゃ…」

「…えっ!ええ。まあ、そうだったんですけど、お姉、行っちゃいましたし…」

「(お姉、もしや私の気持ちを察して、わざと先に帰った!?)」

「…とりあえず、駅まで行こうか?」

「はい!」

「(煉先輩と2人きりで一緒に帰れる…何か気恥ずかしい気もするけど、とても嬉しい!!)」

 お姉の突然の帰宅でいきなり2人きりになった私と煉先輩は、会話という会話も成立しないまま、駅に向かっていた。

 駅までの道の途中にある五叉路に差し掛かったその時、私の目にマイクのモニュメントが飛び込んできた。

「(カラオケボックス…しばらく忙しかったから行ってないなぁ…!!!そうだ!!)」

 駅まであと少しのところまできた時、私は何の予告もなく後ろを振り返った。

「…先輩!五叉路のカラオケが目に入ってからずっと考えてたんですけど、部活のみんなで『打ち上げ』をやりませんか?」

「!…えっ?打ち上げ!?」

 私が突然振り返ったからであろう、煉先輩は私にぶつかるまいと、足と体を緊急停止させながら答えた。

 幸い、先輩の後ろを歩いていた人はいなかったみたいで、先輩はうまくバランスをとり、その場で転ぶことなく体制を整えた。

「!!先輩!大丈夫ですか?」

「俺は大丈夫だ。でも、次からいきなり振り返るのはやめてもらえるかな…」

「すいませんっ。先輩」

「(良かった…先輩、怒ってないみたい)」

「いいよいいよ。で、打ち上げだよな」

「はいっ。部活のメンバー全員で、今回の優勝のお祝と、若林先生と選手の労を労う目的で、打ち上げをやるんです!」

「労を労うって、選手本人である美琴が使う言葉じゃないだろ…」

「まあ、それはそうなんですけど、ここは固いことは抜きで考えましょうよ」

「それはいいとして、いつやるんだ?」

「それなんですけど、学校主催の優勝祝賀会が今度の土曜日開かれますよね。祝賀会は午前中で終わるみたいですから、その日の午後とかどうです?」

「そうだな。俺たちは優勝した側だから、準備や後片付けもする必要ないしな…」

「それで、選手である私や煉先輩からの発案だとおかしなことになりますよね?」

「確かに…。まさか、もしや…」

「(私の口からは、とても言い辛い…でも、これは煉先輩に頼むのが筋だし…)」

「そのまさかです。私の口から、先輩には非常に頼みずらいんですけど…」

「マネージャーの長である鳳城に頼んで欲しい、そういうことだな」

「…」

 先輩の言葉に、私は言葉を詰まらせた。それを察して、先輩がすかさず話しかけてくる。

「…あの時は、本当にありがとな。腐りそうになっていた俺を救ってくれて」

「先輩…」

「俺は大丈夫!鳳城をデートに誘う訳じゃあるまいし。それに、打ち上げも『部活』の一環だろ?部長がマネージャーに打ち上げの事を相談することは、おかしなことじゃないしな」

「言いだしっぺの私が鳳城先輩に言えればいいのかも知れないですが、私はまだ高一だし、私が提案するより、部長である煉先輩からの提案の方が、筋は通るかなって…」

「そうだな。明日、若林先生の許可をもらってから、鳳城と話してみるよ」

「先輩!ありがとうございます」

「(本当に、煉先輩は鳳城先輩とのこと、乗り越えられたみたい。良かった…)」

 会話しながら自然と駅へ足が向いていた私と先輩は、いつの間にか改札へと続く階段の前にいた。

「それじゃ先輩。私、お姉と一緒に行く予定だったお店に行きますから…」

「…一人でデザートを食べに行くのか?」

「ちっ、違いますよ!買い物ですよ。買い物!」

「そうか。それじゃ、今日はここで!」

「はいっ先輩。それじゃ!」

 階段を一気に登り始める私。

「美琴!こん…のう…俺の…に…合って…」

 先輩の突然の呼びかけに気づいた私は、階段の途中で立ち止まり振り返ったものの、駅前の雑踏の中で先輩が発した言葉の全てを聞き取ることはできなかった。

「…えっ?先輩、今何て?」

「(俺の…ナントカって言っていた気がする…もしかして、私を誘ってくれてるの…いや、そんなはずはないか…)」

「…いや、何でもない。気をつけて」

「(先輩!何でもう1回言ってくれないんですか!!)」

「はいっ。先輩もお気をつけて!」

「(あ゛あ゛!もう、なんでしつこく先輩に聞けないなかぁ…私のバカバカ)」

 私は、心の中を先輩に悟られることのないよう満面の笑みを浮かべると、肩から下げたカバンごと手を振った。先輩がそれに手を振り返すと、私はその場でお辞儀をし、再び階段を登りはじめ、その場が颯爽と消えた。

 だが、先輩の視界から完全に外れた2階の改札前まで来ると、私の足は鉛のように重くなり、とうとう立ち止まってしまった。

 そして、先輩が追いかけて来てくれることを期待し、後ろを振り向く。

「(…先輩のあの時の表情、とても必死だった…何か、私にとても重要なことを伝えてくれていたような気がする…)」

「(先輩…階段を上がってきてくれないかな…)」

 私は後ろを振り返ったまま、しばらくその場から動くことができなかった。

 だが、ホームから鳴り響く発車メロディを聞いて我に返ると、お姉と行く予定だった買い物をするため、駅の反対側の階段へと向かうのだった。