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剣世炸 novel site 〜秋風に誘われて〜

秋風に誘われて

著:剣世 炸


第6章 美琴−6

 翌々日の放課後、パソコン室の掲示版に打ち上げの詳細が発表され、煉先輩から部長の職務を引き継いだ次期部長のお姉から打ち上げの詳細が発表された。

 今度の土曜日に行われる『優勝祝賀会』終了後の午後に、駅から学校間の五叉路にあるカラオケボックスで、3時間程度部員全員で楽しもうという企画だった。

 参加できない場合のみ、お姉に不参加を申請するとのことだったが、金曜日までに不参加の申し出はなく、パソコン部員全員でカラオケに行くことが決まった。

 そして、当日の朝を迎えた…

「…み………こ……みこ……美琴……美琴!いつまで寝てるの!?煉先輩より先に学校に行って、出迎えるんじゃなかったの!?」

「…………………!!!お姉!今何時!?」

「もう6時よ!」

「何でもっと早く起こしてくれなかったの!?ていうか、私の携帯は…」

 ベッドの端に置いたスマホを手に取り、ボタンをタッチしてみるも、私のスマホは起動しなかった。

 ベッドの周囲を見ると、繋いでいたはずの充電端子が抜けていて、無造作に足元に転がっている。

「…寝ている間に充電できてるはずだったのに…」

「そんなことより、急いで!先輩より早く行くんでしょ!?」

「おっお姉!ちょっと待ってよぉ〜」

 私は急いでベッドから飛び降りると、寝室を出て自分の部屋へと向かった…。




「!先輩!!今日は先輩よりも早く到着している予定だったのに…」

「あなたの準備が遅かったから、先輩よりも先に来れなかったんでしょ?美琴!!」

「それを言わないでよ、お姉!」

 急いで準備を済ませ自宅を出た私とお姉だったが、結局校門前についたのは7時を少し過ぎた頃だった。

 案の定、私たちよりも先に煉先輩が校門の前に居て、守衛さんと何か話をしているようだった。

「真琴!それに美琴!!こんな早くに一体…」

「実は、先輩を驚かそうと思って、守衛さんが来る7時前に来ようと思っていたんですけど…」

 私を睨みつけるお姉。

「だって、しょうがないじゃん!アラームかけてたスマホの電源が落ちちゃってたんだから…」

「…美琴らしいな」

 理由を聞いて苦笑いをする煉先輩。

「…おやおや。部長さんも隅に置けないねぇ。彼女が2人もいるなんて」

 私とお姉を見た守衛さんの言葉に、その場にいる全員が赤面する。

「守衛さん!違うんです」

「先輩が彼氏なんて…」

「俺には彼女なんて居ないんです…」

「ははは。冗談だよ冗談!さぁ、お待たせしたね。門を開けたよ!」

 不器用なウインクを先輩に投げかけ、守衛室へと戻る守衛さん。

「…まぁ、なんだ。とりあえず、校舎に入ろうか」

「そうですね」

 守衛さんの冗談に驚かされた私たちだったが、その後は何事もなかったかのように校内に入り、パソコン室へと向かった。


* * *


 優勝祝賀会は滞りなく終了。部員は全員、鳳城先輩が企画した二次会会場となるカラオケボックスにいた。

「…予約していたけやき商パソコン部ですけど」

「お待ちしておりました。会場は2階201号室です」

 店員からマイクやリモコンを受け取ると、鳳城先輩は部員を会場へと促した。

 201号室は大部屋となっていて、ミニライブ室のような作りになっていた。

 小さなステージの上にカラオケの機械やマイクスタンド、画面が設置されていて、天井には周囲に配置されたライトからの光でキラキラと光っているミラーボールが回っている。

「さぁ。まずは、今回の主人公とも言えるべき、沢継部長が歌います。みんな、拍手!!」

「おお!!」

「部長!期待してますよ!!」

 全員が部屋に入ると、即座に鳳城先輩が煉先輩へ選曲を指名した。

「!!おい。いつ俺がトップバッターって決まったんだ?」

「部長さんなんだから、つべこべ言わずに曲選んで!」

「…」

 煉先輩はパソコンディスプレイの半分程度の液晶画面を備えた選曲用リモコンを手にすると、液晶画面をタッチして選曲を始めた。

 先輩が何を歌うのか気になった私は、そっと煉先輩の隣に座り、先輩が操作している液晶画面を覗き込んだ。

「先輩!何を歌うんですか?」

「美琴!すぐに分かるんだから、もう少し待ってくれ!」

「へーい」

 覗き込んでいた顔を引っ込める私。

 カラオケの歌詞が表示される大きなディスプレイを見ていると、右上に「Feeling」と表示された。流行りのシンガーソングライターのバラードだ。

 暫くすると、部屋が自動的に薄暗くなり、音楽が流れ始める。

 ステージに立った煉先輩は、スタンドからマイクを抜き取ると、音楽と共に歌い始めた。

『♪君を想い始めて 一体どのくらいの月日が流れたことだろう

  君を想い出さない日は一日もないのに 君への想いはいつまでも伝えられずにいる

  今じゃ他愛もない仕草の一つですら 愛おしく感じる

  この想い 俺はいつまで心の奥底にしまい続ければいいんだろう…』

 先輩の歌声が甘いことは、先輩と一緒にカラオケに何回も行っていたので分かっていたつもりだった。でも、今日の先輩の歌声はいつにも増して甘く感じた。

「(先輩は、この歌を一体誰に向けて歌っているんだろう…歌の相手が私だったらいいのに…)」

 この歌を、先輩が感情を込めて歌っているのは明白だった。

 そして、私と一緒に行った時には一度も歌うことのなかったこの歌をこの場で歌ったということは、パソコン部員の中の、私とお姉、紗代以外の女子の中に、先輩の新しい想い人が居るに違いない。

 そんなことを思っていると、いつの間にか私の瞳には零れんばかりの涙がにじみ出ていた。

 間奏に入り先輩が周囲を軽く見渡した時、じっと見つめていた私と視線がぶつかった。

「(しまった…先輩、私が泣いていることに気づいちゃったかな…)」

 私は急いで先輩から視線をそらし、壁に張られたメニューを見ているフリをした。

 間奏が終わり、先輩が再び歌に集中したことを確認すると、私は瞳に溜まった涙を人知れずハンカチで拭き取り、何事もなかったかのように振舞った。

 暫くして先輩の歌は終了し、部屋の中が歓声と拍手に満たされた中、先輩はステージから戻ってきた。

「先輩!どこにこんな歌を隠し持っていたんです?お姉たちと一緒に先輩と何回もカラオケ行ってますけど、この歌始めて聞きましたよ!」

「まぁ、ある意味「今日」のために、自宅で練習してきた歌だから、歌ったのは今日初めてだよ…」

「えっ!?」

「い、いや、深い意味はないんだ。深い意味は…」

「(…先輩、やっぱりこの部屋の中にいる女の子に、先輩の好きな人がいるんですね…)」

 そんなことを思っていると、鳳城先輩が次の選曲を促すための案内を出す。

「さぁ、部長さんの素晴らしい歌声に対抗する人は?」

「…美琴は、歌わないのか?」

「私、ですか?」

 煉先輩にいきなり選曲をフラれ、焦る私。

「真琴達と一緒にカラオケ行く時は、色々な歌を歌っていたように思うんだけど…」

「(…こうなったら、私も今日のために練習してきた歌を歌っちゃいますよ!!)」

「…分かりました。じゃあ、私もとっておきの歌を出しちゃいますよ!」

 そう言った私は、目の前に置かれたリモコンを手に取り、手早く選曲を済ますと送信を押した。画面の右上に、『次曲:木漏れ日』と表示される。

 表示を確認すると、私はその場に立ち上がり、颯爽とステージへ向かった。

「おっと。どうやら次は次期副部長候補、1年の希望の星、嶋尻美琴さんが歌うようだ!」

 鳳城先輩のコールに部員達が歓声を上げる。

「美琴ちゃん!頑張れ!!」

「ファイト!!!」

 部屋が自動的に薄暗くなり、バラード調の曲が流れ始める。

 ステージに立った私は、スタンドからマイクを抜き取ると、両手でマイクを持ち歌い始めた。

『♪叶わぬ想い抱きながら 君の面影を追い続けてる

  僕の愛する君を手に入れるなら きっとなんだってできるというのに

  君の笑顔は誰に向けられているのだろう

  僕はそんなことばかり考えながら 君の笑顔を想い出してる…』

 私の歌声が部屋中に響き渡る。そして間奏に入って間もなく、参加者全員から再度歓声が上がった。

「いいぞ!美琴ちゃん!!」

「ヒューヒュー。歌われているのは一体誰だ!?」

 歌に感情移入していた私は、無意識のうちに煉先輩を見つめていた。

「!!!」

 部屋に響き渡った歓声で我に返った私は、煉先輩の視線が私に向いていることに気づき、目線を明後日の方向へ向けた。

「(私の歌を聴いていてくれた!?…先輩の想い人は、私!?いや、そんなことあるわけない。私なんかが、先輩に想われるハズない…)」

 先輩の視線が私に向いていたことに対して、都合の良い解釈をしようとする意識を押し殺した私は、間奏の終わりと共に歌に集中すると、その意識は歌の世界へと羽搏いていったのだった…