著:剣世 炸
銀杏大学編
第1章 入学・進級と運転免許
第1話「恋人のいない学校」
「真実性の原則は、絶対的真実ではなく、相対的な真実を指し示すものと言われていて…」
「いや!それじゃ本来『真実』という言葉を使ってはならないのではないか?」
「だったら『絶対的真実』を追い求めるために、今認められている会計処理の方法を一本化できるとでも言うのか!?」
「それが『真実性の原則』が求める『真実な会計報告』を実現するためには必要なことであれば…」
「そんなこと、できるわけないじゃないか!!」
ここは銀杏(いちょう)大学のサークル棟の一室「会計・簿記研究会」の部屋だ。
俺は沢継煉(さわつぐ れん)。都立けやき商業高等学校を卒業し、今年から銀杏大学の大学生となった。
けやき商ではパソコン部に所属し、全国大会で個人・団体優勝もした。
しかし、銀杏大学にはパソコンの早打ちに関連するサークルがなく、俺はパソコンの次に興味を持っている『簿記』に関連するサークル『会計・簿記研究会』の門戸を叩くことにした。
そしてたった今、そのサークル部屋で『簿記の憲法』とも言うべき『企業会計原則』の一つが議論されている、という訳だ。
「新入生!今の議論について、お前はどう思う!?」
「えっ!?俺、ですか?」
突然先輩に指名され、焦る俺。
「そうだ!沢継!!お前は高校時代に簿記検定の上位級を取得し、大学で最上級を目指すのだろう!?」
「はい。それはそうですが…」
「だったら、この問、答えてみろ!!」
議論が白熱し、いつにも増して言葉に力が入っている先輩。
「…俺は、現在考えられている『相対的真実』の立場で『真実性の原則』はいいのではないか?と思っています。何故かというと…」
銀杏大学に入学して1か月。
月日が流れるのは早いもので、大学の入学式が終わったかと思うと、あっという間に履修登録の日を迎え、大学の講義が本格始動していた。
履修登録では、サークルの先輩方の助言が大いに役立った。
講義を開講している教授毎に、サークル独自のランキングのようなものが作られていて、俺はそれを参考に、自分が学びたいと思う講義をチョイスして履修登録を行った。
そしてサークル活動にも本格的に参加し、簿記や会計の知識を深める毎日だった。
だが、そんな大学生活の中、1つ気がかりなことがあった。
それは、今まで毎日のように学校で過ごしていた『美琴』との関係が崩れてはしまわないか、ということだった。
* * *
“パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ…”
“ピピピピッ…ピピピピッ…”
「やめっ!キーボードから手を放して下さい!」
「では、印刷して隣の部員に渡し、採点をして下さい…」
部室に、マネージャー長の声が響き渡る。
ここは、けやき商第2OA教室。
そして、私は嶋尻美琴(しまじり みこと)。けやき商パソコン部の副部長で、昨年の全国大会では4位入賞を果たした実力を持っている。
「……美琴!少し記録が伸びてきたわね!!」
で、私が印刷した答案を隣で採点しているのが、嶋尻真琴(しまじりまこと)。私のお姉ちゃんで、パソコン部の部長を務めている。
「えへへ!そうでしょう!!もう少しで、お姉を超える日が来るかもよ〜」
「はいはい!減らず口は良いから、早く私の答案も採点して!!」
「は〜い」
煉先輩と恋仲になった昨年11月のいちょう祭りから、早半年。
部活を引退してからも、煉先輩はちょくちょくパソコン室を訪れ、私たちと一緒に練習を重ねていた。
それは表向き『後輩の指導のため』とはなっていたものの、実際は『私との時間』を少しでも長く過ごしていたいという、私と先輩の気持ちを実現するために、先輩が取った行動だった。
ところが…
「…どうしたの?美琴!?手が止まっているわよ…」
「えっ!?ああ、ごめん、お姉…」
つい先月まで、私の隣で私の答案を採点していた煉先輩は、けやき商を卒業し、銀杏大学の大学生となってしまったため、当たり前だがもうここには居ない。
「(先輩の居ない部活…覚悟はしていたけど、慣れないもんだな…)」
互いに学ぶフィールドが別れてしまった4月からは、あるいは駅で、あるいはお気に入りのカフェで待ち合わせをし、2人の時間を少しでも多く作ろうと努力をしている。
しかし、けやき商で3月まで過ごすことのできた2人の時間と比較すると、4月から先輩と過ごすことができている時間はあまりにも少なく、その環境に未だに慣れずにいた。
「(…先輩…今頃何してるのかなぁ?元気にしているかな…)」
「!!ちょっと美琴!また手が止まっているわよ!?もしかして、あなた…」
「!えっ!?違う!!違うってば…先輩のことで頭が一杯で手が止まってるなんてことはないんだから!!」
「…はいはい…先輩のことが気になって仕方がない訳ね…」
「…」
「いいわ。今から15分間の休憩だから、私の採点を早く終わらせて、電話して来なさい!大学の講義も、今頃は終わっているはずだし…」
「わかった!!ありがとう!お姉!!」
私の高校2年生のスタートは、こんな感じの毎日だった…
第2話に続く