著:剣世 炸
銀杏大学編
第1章 入学・進級と運転免許
第5話「嬉しい秘密」
“ポチッ”
「もしもし」
「やっと出た!…先輩!今どこにいるんですか?」
「…それが…その…大学の指定宿舎に居るんだ…」
「えっ!?大学の宿舎???」
今日まで何とか美琴からの電話に出ず、SNSのメッセージだけで誤魔化してきた俺だったが、電話に出ない作戦はもう限界と悟り、俺はとっさに嘘をついた。
「その宿舎って、都内から遠い場所にあるんですか?」
「あぁ、新幹線で1時間半の××県にあるんだ…」
「その宿舎で、今何をしているんですか?」
「それが…」
その時、俺は大学の掲示板に掲示してあった1枚のチラシを思い出した。
「…フレッシュマンゼミナール…って言って、大学に入学したばかりの新入生を対象にした宿泊ゼミに参加しているんだ」
「フレッシュマンゼミナール?」
「ああ。大学のルールとか将来の進路に即した大学生活の仕方とかを、大学職員や先輩方が教えてくれたり、任意のグループ別に研究発表をしたりするんだ」
「それにしても、昨日まで都内に居たんですよね?昨日のメッセージではそんなこと言ってなかったのに…」
美琴とのSNSのやりとりでは、昨日まで都内で大学・自宅・バイト先を行き来したことになっている。
「…今日、大学に行って急に決まったんだよ。俺、美琴とのこともあるから、宿泊行事はちょっとな…と思っていてさ。でも、大学で知り合った友達が行くって言うものだから、俺も一緒にってことになって…」
「…何日位で戻ってくるんですか…」
どうやら、都内に居ないことの理由は、何とか誤魔化せたようだ。
俺と友人がこの宿舎に来て、今日で3日が過ぎていた。
教習所の全過程を修了し、卒業を迎えるには、あと…
「来週末には戻れると思う」
「…分かりました。大学の行事じゃ仕方ないです」
「でもでも!!電話にはなるべく出て下さいね!先輩と付き合ってから、こんなに長い間電話でしかやりとりできないのは、これが初めてなんですから…」
「分かった。俺からも、なるべく電話するようにするよ」
「はいっ!それじゃ、私、部活に戻りますから…また後でっ!」
「あぁ。真琴に負けないよう、頑張れよ!!」
「はいっ!!」
“ツーツーツー…”
電話を切り、居間に戻る俺。
「彼女さんとの電話はどうだった?うまく誤魔化せたか?」
『興味津々』といった面持ちで問いかける友人。
「あぁ。大学のフレッシュマンゼミに参加していることにしたよ」
「あれか!あれなら、開催日がちょうど今日からだったな。よく思い出せたな!」
「まぁな。でもこれで、卒業の延期はできなくなったよ…」
「…そうか。あのゼミの終わりは来週末。ちょうど俺たちが順調にコマを進めて、ここを卒業できるタイミングって訳か」
「そういうことさ…さて、夕方の学科教習に向かうとするか!」
「そうだな!!」
俺と友人は、徒歩5分のところにある教習所に戻ることにした。
***
「…どうだった?美琴ちゃん」
「繋がったよ!!」
「…何だか嬉しそうだね。電話で良いことでもあった?」
「そりゃ、彼氏と電話で話せたんだもん!嬉しいに決まってるじゃん!!」
「いや、その笑顔は、いつも先輩と電話した後の嬉しい顔じゃないよ!何だか、ウキウキした笑顔に見える…」
紗代にSNSでそれとなく聞けば良いと言われた私だったが、先輩への電話を我慢することができず、部活の15分休憩の時間に電話することにした。
そこで、久しぶりに先輩と電話で話をすることができたのだが…
「そうかな?」
「うん。間違いなくウキウキした笑顔だったよ?どんな良いことがあったの?」
「…バカにしないで、聞いてくれる?」
「もちろん!今まで、私が美琴ちゃんの話をバカにして聞いたことってある?」
「…そうだね!先輩は…多分合宿免許で運転免許を取りに行ってるんだと…思う」
「思う??何で疑問形なの?」
「先輩は『フレッシュマンゼミ』って大学の行事に行ってるって言ってたけど、銀杏大学のホームページで、そのゼミの申し込みはもう終わっているって掲載されていたし、先輩は今日の今日申し込んで参加したって言ってたけど、そんなこと、町内会のイベントじゃあるまいし、できる訳ないもの…」
「…それで、それが何で先輩が『運転免許』を取りに行ってるってことになるの?」
「実は、この前駅前のカフェでデートした時に車でのデートの話になって、先輩に『先輩といつかドライブしたいですっ』って言ったんだよねぇ…」
「その時、先輩が『運転免許さえあればなぁ…』って言ってたんだ。先輩と私って、去年の11月から付き合い始めたでしょ?先輩に運転免許を取りに行ってる時間なんて、無かったから…」
「それで、今先輩は都内から新幹線で1時間半の××県に居るらしいんだけど、あの辺りに合宿免許が出来る自動車学校がたくさんあるんだ。だから、免許を取りに行ってるんだろうなぁ、と思って…」
「…何だかんだ言って、美琴ちゃんは、先輩のこと信じてるんだねっ!」
「何でそう思うの?」
「だって、先輩は美琴ちゃんに嘘ついた訳でしょ?普通、嘘つかれたら疑うもんだよ?」
「それはそうかも知れないけど…今まで先輩が私のことを裏切ったことないし、状況的に考えて、先輩が私にサプライズしたくて嘘をついているとしか思えないんだもん!!」
「まぁ、あの先輩が美琴ちゃんを裏切るなんて考えられないし…恐らく、美琴ちゃんの推理は正しいだろうね!」
「そうでしょ!」
「それに、美琴ちゃんにとって、先輩と物理的に離れることに慣れる、良いきっかけにもなりそうだし…」
「そうだね…先輩と来週末まで会えないのは寂しいけど、先輩のサプライズを期待して待つことにするよ」
こうして私は、先輩と物理的に離れた約2週間を過ごし、先輩からのサプライズを待つことにしたのでした。
第6話に続く