著:剣世 炸
銀杏大学編
第2章 旅行
第6話「浜辺の2人」
「…あっ、母さん!私よ。無事に、熱沼のホテルに到着したわ」
「うん…分かってるわ。美琴に夜更かししないよう、言っておく!」
小田切城を午後3時過ぎに出発した俺たちは、途中、特に渋滞に巻き込まれることもなく順調に車は走り続け、午後4時過ぎに銀杏大学の保養所となっているホテル熱沼に到着した。
「ねぇ先輩!海行きましょうよ、海!!」
「海水浴には、まだ早い季節な気が…」
「いいからいいから」
「分かった。部屋に荷物を置いたら、浜辺に散歩しに行こう!」
「紗代とお姉はどうする?」
「私と三枝さんは、このホテル周辺にある史跡を回ってみるわ」
「熱沼の地名の由来で、面白そうな逸話が残っているらしん。そうですよねっ。部長!」
「2人が興味を注ぐということは…温泉が湧き出ていた沼があったとか、その程度の逸話じゃないってことだよな…」
「はい。ちゃんと調べて、先輩にもご報告しますから!!」
「わかった。楽しみにしているよ!」
「紗代、気をつけてね」
「美琴ちゃんも、まだ海は寒いから、水の掛け合いとかしないように!」
「分かった♪」
「(…本当にしないで済むんだろうか…)」
数分後、部屋に荷物を置いてロビーに再集結した俺たちは、二手に分かれ、熱沼観光を楽しむことにした。
***
「…風が…心地良い…ですね」
「ああ、そうだな」
私と先輩の2人は、熱沼の砂浜を歩いていた。
海面を見ると、後方の山に沈みかけている夕日に照らされ、オレンジ色にキラキラと輝いている。
「夕方の海って、何だかとってもロマンチックですね♪」
立ち止まると、うっとりとした顔をしながら繋いだ手で先輩の腕を引き寄せ、ピッタリとくっつく私。
“ドクン…ドクン…ドクン…”
先輩の早くなった胸の鼓動が、腕を通じて伝わってくる。
「(…先輩…緊張しているんですか?)」
思えば、先輩はいまだに私が至近距離にいると、緊張して体を硬直させている。
私にとって、ある意味それは、いつも先輩との関係を新鮮な状態で保たせてくれているようにも思う。
だが一方で、それは私と一緒にいることに『慣れていない』とも考えられる訳で…
「…どうした美琴?具合でも悪いか?」
うっとりしていた顔から一転して真顔になっていた私を見た先輩が、心配そうな顔つきで話す。
「ううん。何でもない!」
「…ならいいんだけど…」
再び先輩の体と密着する私。
“ドクンドクンドクン”
私を心配し正常に戻っていた先輩の胸の鼓動が、再び早く脈打ちだす。
「先輩…」
「何だ美琴?」
先輩の座る方を向いて、目を瞑る私。
数秒後、暖かい感触が私の唇に伝わってくる。
しかし、残念なことにその感触はほんの数秒で終わり、私は瞑った目を開く。
「誰か見ていたら、どうするんだ!?」
「ここは熱沼ですよ!私たちを知る人は、誰もいません!!」
「それもそうか…」
刹那、目の前が突然漆黒の闇に包まれたかと思うと、再びあの感触が私の唇を駆け巡った。
「…もう、先輩の意地悪…」
***
「…美琴も美琴だけど、先輩も先輩で…」
顔を赤らめながら、誰に言うでもなく呟く私。
「美琴ちゃん…先輩とは、相変わらずかなりうまくいっているみたいですね。いつまでも初々しいのは、素晴らしいことだと私は思います」
「初々しさも、見ている方からすれば恥ずかしい以外の何物でもないんだけどね…」
「…部長、言ってることとやってることがかい離しているかと…」
「…」
「…とりあえず、美琴ちゃんと先輩の様子も分かりましたし、郷土資料館に行きましょう。いくら事前に熱沼の歴史を調べ終わっているとは言え、『百聞は一見に如かず』かと…」
「それもそうね。行きましょうか?」
ここ熱沼の名前の由来は諸説あるようだが、ネットで事前に調査した結果によれば、海中に沸く熱湯で甚大な被害を受けていたこの付近の漁師が偉いお坊さんに懇願し、法力によって海にあった泉脈を山中の沼に移し、これを温泉としたことから『熱い沼』がある場所ということで『熱沼』と呼ばれるようになった、というのが有力な一説のようだ。
ここまで調べ上げていれば、美琴と先輩への報告は略々問題ないのだが、万が一『どんな資料が展示されていたの?』なんて質問が飛び出して来ようものなら、たちまち私と三枝さんは冷や汗をかいてしまうことだろう。
インターネットが普及しているとは言え、やはり実物を見て学ぶのが一番だと、私は思っている。
「(…それにしても、私もあんな風に男の人に迫れば、彼氏ができるのかしら…)」
「…部長、また顔が赤くなってますけど…」
「そっ、そう???夕日で照らされて、そう見えるだけじゃない???」
「(ジーーー)」
「…とりあえず、郷土資料館に急ぎましょう!」
私は三枝さんの視線を振り解き、ホテルでもらったマップを頼りに郷土資料館へと急いだ。
第7話へ続く