著:剣世 炸
銀杏大学編
第2章 旅行
第8話「ラブコールベルと証明書」
翌朝、レストランの開店と同時に朝食にありついた俺たちは、8時にホテル熱沼をチェックアウトし、車に乗り込んだ。
伊東半島最南端にある石楼崎にある灯台を経由して恋人岬に到着するのに、熱沼からだと軽く3時間はかかるドライブコースとなる。
故に、ホテルのチェックアウトを早め、熱沼を出発したという訳だ。
「ふわぁ〜〜〜もうちょっとホテルでゆっくりしても大丈夫だったんじゃないですか〜」
「ここから石楼崎経由の恋人岬だと、今出発しても恋人岬には13時過ぎの到着になる」
「今日中に都内に戻ることを考えれば、この時間の出発でも遅い位…って訳ですね」
「ああ」
「恋人岬から九王子までは、高速を使っても約3時間程度かかりますから、ノンストップで走って、部長と美琴ちゃんのご両親が九王子の駅に迎えに来る17時ギリギリになりますね…」
「あくまで、美琴たちは『電車で伊東半島に旅行に行っている』ってことになっているからな…帰りも片蔵駅から電車に乗って九王子駅に向かわないとならないし…」
「改札で待っているパパとママに、改札の外側から歩いてきて『ただいま』なんて…考えただけで眩暈がする…」
「そうならないよう、安全運転で先を急ぐからな」
「よろしくお願いします」
「(安全運転じゃ、先を急げないんじゃ???)」
連休の真っただ中であるものの、石楼崎へと続く国道が渋滞する気配は微塵もなく、ホテルを出発してから約2時間で石楼崎へと到着し、俺たちは灯台へと登っていた。
“ビュウウウウ…”
「…すごい風…」
「…ねぇ見て見て!あんな所に港があるよ!」
美琴が指差す方向に目をやると、切りたった崖の間に船が沢山停泊していた。
「何だか、海賊の隠れ港って感じだな…」
「ジブリ映画に出てきそうな感じの港ですね」
「ああ!あの動物に姿が変わっちゃったパイロットの話だね!!」
「そうそう!」
「そう言えば、私たちが宿泊した熱沼からこの石廊崎までの、伊東半島の太平洋側って、海から日が昇るのを見れる場所なんですよね」
「…熱沼の由来といい、日の出の件といい…真琴は用意周到だよなぁ」
「先輩…せめて『準備がいい』って言って下さい…」
「ああすまない。そうだな…」
「ていうことは、九王子でカウントダウンして、頑張ってこの辺まで来れば、海から上がる初日の出を見ることができるって訳か!!」
「俺は運転好きなんだろうから、カウントダウン後にここまで車を走らせることはできそうだけど…普通の人ならやらないだろうな…」
「でも、美琴ちゃんと先輩ならやりかねない気がします…」
「…先輩が大丈夫だったら、今年のカウントダウンは、本気でそうしない?」
「そうだな…それもいいかも知れないな!」
そんな会話をしながら灯台からの景色を堪能した俺たちは、一路恋人岬へと急いだ…
***
「あっ!あそこに猫店長さんが寝てる!」
「…本当だ!」
ここは恋人岬の売店。
石楼崎の灯台から先輩の車で約1時間。昼過ぎに恋人岬に到着した私たちは、駐車場からすぐのところにある売店に立ち寄った。
ここ恋人岬には、マスコットキャラクターにもなっている『らぶにゃん』という茶トラの猫がいて、訪れる恋人たちを見守っている。いつからこの恋人岬に住み着いているのかは不明とのことで、正確な年齢等は分からないらしい。
売店の片隅に置かれた猫店長専用の寝床でくつろいでいる『らぶにゃん』を目敏く見つけた私は、先輩の手を取り店長さんの前まで来た。
“なでなで”
「ゴロゴロゴロゴロ…」
「可愛い!」
「随分と人馴れしているんだな…」
「ここのマスコットキャラクターになって5年以上ですからね…」
「それに、ここを訪れる観光客の殆どがカップルでしょうから、猫にも優しいんだと思いますよ」
後から来たお姉と紗代も、店長をなでなでしながら会話に参加する。
「お姉…もしかして、僻んでる?」
「美琴!!僻んでなんかないわよ!!」
「…とりあえず、猫店長にも会えたことだし、この先にある鐘を鳴らしに行こうか」
先輩の提案で売店の外に出た私たちは、岬の先にあるという鐘を目指し歩き始めた。
登ったり下ったりを繰り返しながら、売店から徒歩10分程度で、岬に設置された『ラブコールベル』に到着した。
「なになに…『2人でお互いの名前を呼びながら3回ベルを鳴らせば、永遠の愛が叶う』のだそうだ…」
「先輩…」
「美琴…」
ベルの下に垂れ下がったロープを同時に持つ私と先輩。
「煉!!」
「美琴!!」
“カーン カーン カーン…”
「…うまくいったね!先輩♪」
“ギュウ…”
喜びの余り、周囲を気にせず思わず先輩に抱きつく私。
「ああ!!」
永遠の愛の試練!?に打ち勝った私と先輩、そしてお姉と紗代は来た道を引き返し、再び猫店長のいる売店に戻った。
「…それじゃ私と三枝さんはお土産を買うから、買い終わるまでに済ませて来てね」
「分かった」
「美琴ちゃん、また後でね」
「…それじゃ、俺たちはあそこに行くか!」
「はいっ!!」
2人と別れた私たちは、売店のとある場所へと向かった。
「えっと…ここに名前と住所を記入すれば良いんだな…」
“ササササササ…”
「…書けましたね♪何だか『婚姻届』を書いたみたい♪」
「きっと、本物の『婚姻届』を書く時って、こんな気持ちなんだろうな!」
「はいっ!それじゃ、早く出しに行きましょう♪」
“パタパタパタ…”
「お願いします♪」
「はい、少々お待ち下さい………はい、それでは名前をお呼びしますので、少しだけ店内でお待ち下さい」
「分かりました」
「わくわくしますね♪」
数分後…
“九王子からお越しの煉様と美琴様。カウンターまでお出で下さい”
「できたみたいだ。取りに行こう!」
“パタパタパタ…”
「煉様に美琴様ですね!お待たせ致しました!!」
『〜恋人宣言証明書〜 沢継煉と嶋尻美琴は、ITO WEST COAST 恋人岬においてラブコールベルを響かせ 恋人宣言したことをここに証明します 恋人岬事務局』
「ありがとうございます♪」
「末永く、お幸せに♪今度は結婚してから、またお出で下さいませ」
「はいっ!きっと来ます♪」
「これで名実ともに、私たちは『恋人』なんですね♪」
「ああ。でも、この証明書が無くても、俺は美琴のこと、離したりしないけどな」
「先輩…愛してます」
「俺もだよ、美琴!」
こうして『恋人宣言証明書』を無事に手に入れた私たちは、その後先輩の車で帰路につき、16時半頃に片蔵駅に到着。電車に乗って九王子の駅に向かったのでした。
第3章へ続く