著：剣世 炸
銀杏大学編
第３章 後輩の影
第２話「意味深発言」
「ちょっと！休憩時間はとっくに過ぎているわよ！！」
「ごめ〜ん、お姉」
「部長、すいませんでした…」
「２人で何をしていたかは知らないけど…美琴、あなたは副部長でもあるんだから、特に注意して！！」
「…」
パソコン室のすぐ近くにある渡り廊下で、後輩の冴場龍哉と押し問答となった私は、休憩時間を大幅に超えて、問答をした張本人と共に部活へと戻った。
部長としてのお姉の言い分はまったくの正論で、返す言葉もない。
しかし、遅れようと思ってわざと遅れた訳ではないし、原因は一緒に戻った後輩にある訳で、私はやり切れない思いをどこにぶつければ良いのか分からなくなった。
「それでは、練習問題Ａ３２５−１０１を用意して下さい。それでは始めます…」
「用意！！………始め！！！！」
“カタカタカタカタカタカタ…”
一斉にパソコン部員が入力を始める。
“カタカタカタカタ…パシッ！！ カタカタカタカタ…パシッ！！”
「美琴ちゃん…何があったか、何となく想像できるけど…イライラがタッチ音に出てるよ…」
「！！ごめん…」
私はイライラした状態でキータッチをすると、漢字変換の確定を行う際に押すエンターキーをかなり強くタッチし、周囲に大きなキータッチ音を振り撒く癖があるらしい。
そんな時は、今みたいに隣に座る親友の紗代が、他の部員には聞こえない程度のさりげない声音で教えてくれるのだ。
紗代からの指摘で正気を取り戻した私は、その後の練習では平常心でキータッチを行うことができた。
そして、部活終了後のこと…
“ポツリ…ポツリ………ザーーーーーー”
パソコン室のとなりにある準備室で部活の仕事に勤しんでいると、外が急に真っ暗になり、大粒の雨が降り出した。
「雨が…降り始めましたね…」
「（この声は…もしや…）」
作業を中断し顔を上げると、そこには冴場龍哉の姿があった。
「あなた…冴場君！どうして残っているの？」
「いや…クラスに戻って帰る準備をしていたんですけど…そのうち外が真っ暗になって…パソコン室の電気がついているのを帰りがけに見たものですから…」
「（…そうは言っているけど、もしや、私がここにいるのを知っていて…わざと待ってた！？）」
「先輩は…美琴先輩はまだ帰らないんですか？」
「部活では副部長って言って！」
「すいません…」
自分で言うのも何だが、彼が…冴場龍哉が私に好意を持っているのは明白だった。
これまでも、私に言い寄る男性が居なかった訳でもなかった。
しかし、中３のけやき商の文化祭から煉先輩のことだけを見ていた私は、先輩と恋人同士になるまでの間、そういった誘いを
「私には好きな人がいるから」
と断り続けてきた。
先輩と恋人として付き合うようになってからは『好きな人』という文言を『彼氏』に変え、私に言い寄ろうとする男性の気配を感じれば事前に警鐘を鳴らし、近づかせないようにしていたつもりだ。
だが、高２になり新入部員として現れた冴場龍哉は、何回『私には彼氏がいる』『彼氏以外の男は考えられない』と告げても、のらりくらりと私の警鐘をかわし、私に近づこうとするのだった。
「それで…あなたは帰らないの？」
「それが…生憎傘を家に忘れてしまいまして…」
「…クラスに置き傘とかない訳？」
「ついでにさっきそれも見てきたんですが…」
両手の平を天に向け、無かったというジェスチャーをする後輩。
「それは残念だったわね…本降りにならない内に、早く帰るのをお勧めするわ。ここから西九王子駅までなら、男性の足なら走って５分で到着できるでしょ？」
我ながら冷たいことを言っているのは分かっていた。
だが、最愛の彼氏がいる身分で、自分に好意を持つ男と二人っきりというこの状況をいち早く打破するためには、目の前の男をこの空間から一刻も早く排除する必要があった。
「…なかなか手厳しいですね、先輩…でも、そんなところも…」
「そんなところも！！？？一体何！！！！！」
自分でもビックリするような剣幕で問う私。
「いえ…何でもありません…」
冴場龍哉のやっかいなところは、恐らくはっきりと私に好意を持っているということを告げないところだろう。
はっきりと告げてくれれば、こちらもはっきりと断ることができるのだが、告白された訳でもないため、断ることができずにいた。
「ところで…先輩は帰らないんですか？」
「私は、今度の遠征の準備をするよう部長と若林先生から言われているから…」
「…先輩も傘を持っていないように見えますが…」
周囲を見渡し、私の荷物の近くに傘がないを確認する冴場龍哉。
「…私は…無くても大丈夫なの！」
「何故です！？」
「何故…って…それは…」
“シャララララン”
机上に置いたスマホが私を呼ぶ。
プッシュ通知を確認すると、先輩からのＳＮＳ通知だった。
「…煉さん…ですよね！？」
「あなたには関係ないでしょ！！私は帰るわよ！あなたも早く帰ることね」
作業を中断し、帰る準備を始める私。
「俺と一緒に昇降口から出てくる姿を見たら…煉さん、どう思うでしょうね…」
「なっ！！？？あなた…一体何を考えて…」
「いや。何も…ただ、そう思っただけですよ…それじゃ、お先です」
意味深な言葉を残し、冴場龍哉は準備室から姿を消した。
第３話に続く
