著:剣世 炸
銀杏大学編
第3章 後輩の影
第3話「策略家」
“サーーーーー”
「(まるで世界が終わりそうな色の雲が、高須山を覆ってるな…)」
ふと腕時計に目をやると、長い針が「11」を指していた。
「(…何とか間に合ったな…)」
雨が降り出すと、大学から九王子までを繋ぐ国道20号線は決まって渋滞し、晴れていれば1時間半程度で到着するものが、3時間以上かかることもざらだった。
美琴との電話で『19時位に迎えに来て』と言われた俺は、16時半に大学近くのコインパーキングから車を出すと、けやき商を目指し走り出した。
國立、立山、目野、豊川と順調に車を進めていたものの、九王子と目野の市境に差し掛かった辺りで雨が降り出し、車の流れもまるで謀ったかのように鈍くなり、国道20号線は大渋滞となった。
それでも、けやき商まで通常なら20分程度で到着する距離の場所に18時頃には到達していたため、そこから先は渋滞に巻き込まれたものの、美琴と約束した時間にはどうにか間に合った、という訳だ。
「(…着いたって、連絡入れないと…)」
“ヒピピピピピ… ポチッ”
スマホに横に少し長い四角形の白い封筒が現れ、遥か彼方へと飛んでいく。
そして、入力したメッセージの上に表示されている日時・時間の横に、即座に『既読』という文字が現れる。
“ザーーーーー”
「(…雨が強くなったな…昇降口の真ん前まで車を寄せるか…)」
“キキキキキ…ヴゥン…”
けやき商の生徒昇降口の前には、中央に大きなけやきの木が植わったレンガ詰めの地面の中庭が広がっている。
その横には湧き水を湛えた池を中心とした小さな日本庭園が広がっていて、昼休みは中庭と共にけやき商生の人気スポットとなっていた。
車を昇降口まで走らせる途中、そんな日本庭園に置かれた灯篭が目に映り、美琴とよくこの中庭を訪れたことを思い出した。
「(思い出は色褪せない…か………んんっ!?)」
懐かしい思い出が頭中を支配する中、姿を現さない美琴の姿を探そうと昇降口に目をやると、恐ろしい光景を目の当たりにした。
「美琴先輩!早く行きましょう!?先輩、待ってるんでしょ!!」
「ちょっと待ってよ!冴場君!?」
「(冴場!?しかも、この声、どこかで…)」
刹那、大学で美琴と話していた時のことが、脳裏を過った。
「(…美琴を呼びに来た、あの時の後輩か!!)」
***
「俺と一緒に昇降口から出てくる姿を見たら…煉さん、どう思うでしょうね…」
「なっ!!??あなた…一体何を考えて…」
「いや。何も…ただ、そう思っただけですよ…それじゃ、お先です」
意味深な言葉を残し、準備室から姿を消す冴場龍哉。
「(全く…あの後輩は何を考えているのかしら…って、私も急がなきゃね…)」
電気を消し、荷物と準備室の鍵を持って廊下に出る。
“ガラガラガラ…ガチャ”
扉の鍵を閉めると、2階にある職員室へと向かった。
“トントン”
「失礼します。パソコン部副部長の嶋尻美琴です。パソコン室の鍵を返しに来ました」
「美琴さん、お疲れ様。どうぞ中に入って」
職員室の中から、顧問の若林先生の声が聞こえてくる。
“ガラガラガラ…” “ガシャンガシャンガシャンガシャン…”
若林先生は、職員室横の印刷室で輪転機を回してプリントを刷っているところのようだ。
「あのぉ…もう若林先生だけなんですか?」
「ああ、そうなんだよ。部活のない先生は、大概定時になると帰ってしまうからねぇ。いや、それが当たり前なんだけれども…」
「それで、準備は進みましたか?」
「はい。大体終わったかと思います。準備室においてありますので、後ほどご確認下さい」
「分かりました。いや、それにしても美琴さんが副部長になってくれて、本当に助かってますよ。真琴さんも、美琴さんに負けない位優秀な副部長でしたが、美琴さんの手際の良さは抜きに出ていると私は思ってますよ」
「ありがとうございます!」
「(本当は、煉先輩から色々と聞いて、先回りして仕事してるんだよなぁ…)」
煉先輩、お姉共に早くから実力を認められ、副部長そして部長を歴任してきた。
そんな先輩が私の彼氏で、お姉は言うまでもなく家族なのだから、私の副部長としての手際が良くなるのは、当然と言えば当然のことだ。
それに、手を抜いて『やっぱり妹だから、姉より劣る』とか『あの大先輩の彼女なんだから、仕事が出来なくても仕方ない』なんて評価を受けるのは御免蒙りたい訳で。
「それじゃ先生、失礼致します」
「美琴さんも、気をつけて帰って下さい」
「先生も、お気をつけて」
「ありがとう。それじゃ、また明日」
「さようなら」
“ガラガラガラ…バタン”
職員室のドアを閉めた私は、急いで1階の昇降口を目指す。
すぐ横の階段を下り、突き当りを左に曲がって、定時制の生徒が使う食堂の前を左に曲がり、生徒昇降口にたどり着いた私は、ロッカーのカギを開け、中から革靴を取り出し履き替えた。
その時、私は何とも言えない嫌な視線を感じ、声を上げた。
「誰!?」
「さすが美琴先輩。よく俺の気配に気づきましたね…」
嫌な視線を放っていたのは、先に帰ったはずの冴場龍哉の瞳だった。
「冴場君。あなた、先に帰ったはずじゃ…」
「いや…雨が強くなってしまって、外に出るのを躊躇していたんです…」
レンガ詰めの地面を持つ中庭に目をやると、土砂降りになりつつある外の雨と共に、先輩の車のライトが目に飛び込んでくる。
「それよりも美琴先輩!早く行きましょう!?先輩、待ってるんでしょ!!」
ガシッ…”
私の腕を掴む後輩。
「ちょっと待ってよ!冴場君!?」
「いいからいいから…」
強引に私の腕を引っ張り、先輩の車が止まるレンガ詰めの中庭へと2人で出ようとする後輩。
私はその力に抗い切れず、後輩に腕を引かれる形で先輩の車の真ん前まで来る形となってしまった。
「(…あぁ先輩…違うんです…違うんですよぉ…)」
私は泣きそうになりながら、先輩が誤解しないことを切に願う。
刹那、車の運転席側の窓が開き、開口一番こう告げた。
「2人共、俺の車の後部座席に早く!!」
第4話 に続く