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剣世炸 novel site 〜秋風に誘われて〜

秋風に誘われて

著:剣世 炸

銀杏大学編

第3章 後輩の影

第4話「敵中視察」

「ちょっと待ってよ!冴場君!?」

「いいからいいから…」

 強引に美琴の腕を引っ張り、俺の車が止まるレンガ詰めの中庭へと出てくる美琴の後輩。

 見ると、美琴の顔は今にも泣き出しそうな顔をしている。

「(あぁ…これは俺に誤解されていると思っているな…こんなこと位で誤解なんかする訳ないんだが、美琴の腕を俺以外の男がひいていること自体は、いい気はしないな…だったら…」

 次の瞬間、俺は車の運転席側の窓を開き、開口一番こう告げる。

「2人共、俺の車の後部座席に早く!!」

「えっ!?」

「…いいんですか?煉先輩…」

「いいって言ってるだろう?早く乗れ。2人とも、雨に打たれて風邪ひきたいのか?」

「それじゃ、お言葉に甘えて…」

“ガチャ”

 後部座席の扉が開き、美琴の後輩が入ってくる。

「美琴先輩も早くこっちに…」

「『煉』はああ言ったけど、私はこっちなの!!」

「………」

“ガチャ”

 助手席の扉が開き、美琴が助手席に慣れた所作で入り込み、シートベルトをしめる。

「(美琴!ナイス!!)」

 俺は平静を装いながら、心の中でガッツポーズをする。

 俺は『2人共、俺の車の後部座席に早く!』と促した。

 だが、俺の意図を察知してなのか、自然とそうしただけなのか、美琴は助手席に座ると言って彼と物理的に距離を置いた。

 さらには、普段は『先輩』と呼ぶ俺のことを、『煉』と下の名前で、しかも呼び捨てで呼んだ。

 俺は、美琴や美琴に付きまとうこの男子高校生から見れば大先輩であり、通常なら俺のことを呼び捨てで呼ぶことなどあり得ない。

 だが、俺の彼女である美琴ならば、通常ではあり得ないことでも、当然やってのけることが可能な訳で、それをできる唯一の存在でもある。

「2人共、シートベルトはつけたな…出発するぞ!」

“ザーーーーーーーー”

 土砂降りの雨の中、俺の車が走り出した。

「ところで…君、名前は?」

「…失礼しました。俺は冴場と言います。冴場龍哉です」

「冴場君か…家まで送ろう。どこに向かえばいい?」

「いいんですか?」

「ああ、俺は構わないが…」

 助手席に座る彼女を見ると、コクリと無言で頷く。

「それなら…目野駅までお願いできますか?駅に自転車を置いているんです…」

「了解した」

 俺の車は、一路目野駅に向かって走り出した。


***


“ガチャ”

 後部座席の扉を開き、冴場龍哉が車に乗り込む。

「美琴先輩も早くこっちに…」

「『煉』はああ言ったけど、私はこっちなの!!」

“ガチャ”

 助手席の扉を開き、中に乗り込む。

 先輩の顔をちらっと見ると、平静を装っているものの、口元が少しにやけていた。

「(…やっぱり、こっちに乗り込んで正解だったんだ!!)」

 先輩は、その時その時の心境が顔に出やすい性格で、ただの先輩・後輩の関係の時から数えれば付き合いが1年以上になる私に、その小さな変化を見逃すなどという愚行はあり得なかった。

“バン!”

“ドン”

 私と隣同士で座るつもりだったのだろう、それが計画倒れとなりイラッとしたのか、後部座席の後輩が勢いよく扉を閉める。

 そして私も、車の中がこれ以上濡れないよう、急いで扉を閉める。

「2人共、シートベルトはつけたな…出発するぞ!」

“ザーーーーーーーー”

 土砂降りの雨の中、先輩の車が走り出す。

「ところで…君、名前は?」

「…失礼しました。俺は冴場と言います。冴場龍哉です」

「冴場君か…家まで送ろう。どこに向かえばいい?」

「いいんですか?」

「ああ、俺は構わないが…」

 先輩が目で同意を求めてきたので、私は無言で頷く。

「それなら…目野駅までお願いできますか?駅に自転車を置いているんです…」

「了解した」

 先輩の車は、一路目野駅に向かって走り出した。


 目野駅までに着くまでの間、先輩は運転しながら、冴場龍哉からいろいろなことを聞き出していた。

「冴場君、ご家族は?」

「父・母と3人暮らしです」

「そうなんだ」

「でも、近くに父方の祖父母が住んでいて…」

「それなら、俺も祖父母が近くに住んでるんだ。一緒だな!」

「そうですね」

「それで、俺は祖母の作るおにぎりが大好きなんだけど、冴場君は?」

「そうですね…」

「(…さすが先輩。初対面のはずなのに、私以上に話ができてる…)」

 その巧みな話術で冴場龍哉を丸裸にしていく煉先輩。

「なるほどね………それで、冴場君には、お付き合いしている人とかいるのかい?」

「(!!先輩…)」

 運転しながら、私の左肩に腕を回す先輩。

「…いや、俺には、その…」

「それじゃ、好きな人は?」

「………」

「好きな人は、いますよ…。でも先輩、話が合うからって、いきなり初対面の人にそこまで話をするものですか?」

「それもそうだな…これは失礼した」

 腕を定位置に戻し、左手をハンドルに戻す先輩。

“カッチンカッチンカッチンカッチン…”

 ハザードランプをつけて、歩道に車を寄せる先輩。

 いつの間にか、車は目野駅のロータリーに到着していた。


 第5話 に続く