著:剣世 炸
銀杏大学編
第3章 後輩の影
第5話「会心の一撃」
「先輩………大好きです!!心の底から、愛してます♪」
「美琴…どうしたんだ、急に…」
「だって………あんな状況でも私を信用してくれてた上に、あんなことまで…」
「それは当然だろ!愛する彼女を、あんな奴に好きなようにされてたまるか!!」
「先輩…」
***
“カッチンカッチンカッチンカッチン…”
ハザードランプをつけて、歩道に車を寄せる。
美琴と冴場龍哉を乗せた俺の車は、目野駅のロータリーに到着していた。
数分前まで土砂降りだった雨は、ここに来てピタっと止んだ。
父や母、それに祖父母がここに居合わせたら
「昔はゲリラ豪雨なんてなかったのに…日本の気候も、その国民性と共に変わってしまった」
などと言っていることだろう。
「…この辺りで大丈夫かな?冴場君」
車を完全に停止させ、後ろに座る後輩に確認をする。
「えっ!?あっ…はい、大丈夫です。駐輪場は、ここから見える場所にありますから…」
「ちょうど雨も止んだみたいだ。君は運が良いな!」
「…そのようですね」
“ガチャ”
扉を少し開ける冴場龍哉。
「今日はありがとうございました。おかげで助かりました。それでは、失礼いたし…」
「ちょっと待ってくれ」
「…何か?お礼は言いましたが…」
「!!」
再び美琴の肩に腕を回し、後ろを向く俺。
「分かっているとは思うが、美琴は俺の女だ!手出ししたら許さないからな!!」
「…失礼します!」
“バタン!”
後部座席の扉が勢いよく閉まる。
そして、まるで何事も無かったかのように、冴場龍哉は歩道に上がると、駅前の駐輪場に向かって歩き出した。
***
“ガチャ”
扉を少し開けるお邪魔虫な後輩。
「今日はありがとうございました。おかげで助かりました。それでは、失礼いたし…」
「ちょっと待ってくれ」
「…何か?お礼は言いましたが…」
後輩が捨て台詞を吐いてこの場を去ろうとしたその時、話の腰を折った先輩が私の肩に再び腕を回し、後ろを向く。
「!!」
「(…腕を回されるのはいつものことなのに…何だかドキドキする…)」
「分かっているとは思うが、美琴は俺の女だ!手出ししたら許さないからな!!」
「(あぁ、先輩…このシチュエーションにその台詞…カッコよすぎて、私…先輩の顔、真面に見えないかもですよぉ…)」
「…失礼します!」
“バタン!”
先輩の会心の一撃を受けた冴場龍哉は、恐らくは最後の力を振り絞って出したであろう別れの台詞を吐き捨て、後部座席の扉を勢いよく閉めると、まるで何事も無かったかのように歩道に上がり、駅前の駐輪場に向かって立ち去った。
「…さて、美琴。この後どうしようか?夕飯は、自宅で食うよな…」
「いえ。今日は部活の仕事で遅くなるって親には言ってあるから、夕飯食べて帰る位なら、時間はあると思うけど…」
「そうか。それじゃ、雨も止んだことだし、どこかレストランにでも入って夕飯にするか!」
「はいっ!!」
この後、いつも使っているレストランで夕食を済ませた私と先輩は、私の自宅までのドライブデートを楽しんだのでした。
***
「(…まさか俺まで車に乗せられるとは…先輩の行動を見抜けなかった、俺の誤算だな…)
雲の合間から見え隠れする、おぼろ月と呼ぶには少し季節外れとなってしまった感が否めない幽月を見ながら、1時間にも満たないわずかな時間に起こったことを思い出していた。
今日の部活の休憩時間。美琴先輩はいつも通りスマホ片手に部室を後にした。
恋人である煉先輩と連絡を取ることは明白だ。
そこで俺は、美琴先輩の姉である部長の真琴先輩にこう言った。
「部長、また副部長が部室を後にしたみたいですけど…」
「もぅ、あの子ったら、またなのね…」
美琴先輩の休憩時間の退室はいつものことになっていて、そのうち週1〜2回程度は、休憩時間をオーバーして帰って来ていた。
副部長である美琴先輩が遅刻をしているのだから、部員に示しがつかないと真琴先輩が思っていることは明白で、今日は俺がこれを利用することにしたのだ。
「部長、もし良ければ、俺が呼んできましょうか?」
「冴場君…お願いできるかしら?」
「了解しました」
“ガラガラ…ガラガラ…”
俺は部室を後にすると、いつも美琴先輩が煉先輩に電話をしている渡り廊下へと向かった。
って、ここから美琴先輩の電話に届くような大声で美琴先輩を呼んで、電話先の煉先輩に届く音声に俺の声を入り込ませたり、部活終了後に美琴先輩を待ち伏せ、車で迎えに来た煉先輩に図らずも手を繋いだ状態となった俺と美琴先輩の姿を見せつけるところまでは、俺の計算通りに事が進んでくれた。
だが…
「2人共、俺の車の後部座席に早く!!」
煉先輩が言い放った、この意外過ぎる提案に、俺の想い描いた運命の歯車は脆くも崩れ去ってしまった。
咄嗟に捻り出した「美琴先輩と後部座席に座る作戦」は、美琴先輩の機転で見事に失敗。
その後も煉先輩の巧みな話術で、俺は話したくもない情報を相手方に提供する形となってしまった。
そして…
「分かっているとは思うが、美琴は俺の女だ!手出ししたら許さないからな!!」
帰り際に言い放たれたこの言葉でとどめを刺された俺は、別れの挨拶もろくにすることができず、煉先輩の車を後にした。
「(煉先輩…さすがあの美琴先輩を落としただけの人だ。それに、大学生で俺よりも年上っていうだけで、俺との間に決定的なアドバンテージもある)」
「(…だが、俺は美琴先輩と同じ『高校生』だ。この地の利を最大限に生かして、俺は俺のやり方で、美琴先輩を振り向かせてみせるぞ!!)」
“ポツッ…ポツッ………ザーーーーーーーー”
「(やっべ…こんなところで油を売ってる場合じゃなかった…本降りになる前に早く家に帰ろう…)」
天気にまで愛想を尽かされてしまった冴場龍哉。
彼に、この戦いでの勝ち目は本当に存在するのであろうか?
第4章 に続く