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剣世炸 novel site 〜秋風に誘われて〜

秋風に誘われて

著:剣世 炸

銀杏大学編

第4章 大学サークル

第2話 望まない告白


「…以上から、将来の期間に影響する特定の費用である繰延資産は、その効果の及ぶ期間に合理的に費用を配分できるため、立ち上げたばかりの会社であっても、安定的な利益計上が期待できるようになると私たちは考えます。2年Bグループ、今井班からは以上です」

「それでは、質疑応答に移りたいと思います。今井班からの繰延資産に関する発表でしたが、質問のあるグループはありますか?…」

 大学のセミナーハウスでのゼミプレ合宿2日目。この日は2年生の発表日となっていた。

「…1年生からは、何か質問はありませんか?」

 司会の先輩は『1年生からは〜』と言っているが、恐らくは俺からの質問を促しているのだろう。

 だが俺の現在の頭脳に、質問をひねり出すだけの余裕はなかった。それは、昨日起こった出来事のことが頭にこびりつき、離れていなかったからだ。


***


「…まぁ、その辺りはいいとして、ここからが本題よ」

「本題、といいますと?」

「沢継君…私の彼にならない?」

「……………え゛え゛っ!?」

「って、あなたには高校生の彼女がいること位、私も知っているわ。だから、返事はいらない」

「???」

「これは、あなたの彼女への宣戦布告よ。今のあなたの眼中に私が入っていないのは分かっている。でも、私はあなたの彼女から、あなたを奪ってみせるわ!」

「そんな無茶苦茶な…」

「彼女に私のことを伝えるも伝えないも、あなたの自由よ。まぁ、恐らくそのうち伝えざるを得なくなるんだろうけど、ね…」

「それは、どういう意味ですか?」

「さぁ、どういう意味かしらね?」

“ワイワイガヤガヤ…”

「…どうやら、先輩方が戻ってきたみたいね。私たちも、食堂に降りようか?」

「先輩…返事はいらないとおっしゃっていましたが、はっきりと申し上げておきます。俺は、今井先輩とは付き合えません!」

「…そう。ちなみに…私のこと、嫌い?」

「それは、その…」

「『嫌い』じゃないのよね?それなら、私が勝手に沢継君のことを想い続けても問題ないわよね!?」

「それとこれとは、話が違います!!」

「そんなことないわ。ここは自由恋愛の国、日本だもの」

「そんな…」

 容姿端麗で優しい今井先輩はサークルに所属する男性のマドンナ的存在だが、俺にとってそんなことはどうでもいい話、のはずだった。

 だが、先輩から愛の告白を受け、美琴から俺を奪うとまで言われてしまっては、否が応にも意識せざるを得なくなってしまった。

 先輩の言うように、確かに俺は今井先輩のことを嫌いではない。

 だが、それは異性としてというよりは『人間として』という方が正しいように思う。

 では、異性として今井先輩のことを見たときに…いや…そもそも今井先輩を異性として見ることは、今の俺には100%あり得ない。

 なぜなら、俺には最愛の彼女である美琴がいるのだから。

「兎に角、俺には彼女がいるんです。今井先輩もバカバカしいことを言っていないで、俺のことは諦めて下さい」

「何と言われようが、さっきの言葉に二言はないわ。私は私の道を進むだけよ!さぁ、先輩たちのお手伝いをしに降りましょう」

「…そうですね…」

 頭の中でもやっとした感覚が残ったまま、俺は先輩に連れられ食堂へと向かった。


***


「お待たせ致しましたぁ。カフェモカとブラックでござまぁす」

「ありがとうございます♪」

「…」

 目の前に、先ほど注文した飲み物が運ばれてきた。

 私と先輩は今、あまり時間の取れない時に使っているエキナカのカフェでお茶をしていた。

「…先輩!来ましたよ!ブラックコーヒー!!」

「えっ!?…あっ、そうか…もう来たのか…ありがとう、美琴」

 ブラックコーヒーを私から受け取ると、手元に引き寄せ明後日の方向を向き考え事をする先輩。

「(先輩がここでブラックコーヒーを頼む時って、大概何か考え事をしている時だ…今悩んでいることって、一体…)」

 先輩が何かの考え事に囚われている時は、決まってブラックコーヒーを注文する。

 そして、私からの問いかけや話題には、答えを返したり相槌を打ったりして会話そのものは成立しているものの、先輩からの問いかけや話題は全くと言っていい程無くなるのだ。

 今、目の前にいる愛する先輩は、そんな状況の真っただ中だった。

「………先輩、大丈夫ですか?」

「えっ、何が!?」

「何が…って、先輩、今考え事してますよね!?」

「…どうしてそれを!?」

「先輩と一緒に居るようになって、もう何か月になると思っているんですか?それに、ただの先輩後輩の関係の時から数えれば、もう1年以上の関係なんですよ!?」

「そうか…もう美琴とは、そんなに長い付き合いなんだなぁ…」

「長くなんてありません!!先輩とは、これからもずーーーっと一緒にいるんですから!!!」

「そうだな…」

「…で、何があったんですか?」

「いや、あの…実は…」

「(…何だか、随分と話しにくそうな感じだけど…私にバレると、まずいような内容なの!?)」

「…美琴、俺のこと、信じているよな!?」

「えっ!?それは…もちろん、信じてるよ…」

「だったら、俺の悩みの種について追及するのは、今は控えてもらえないだろうか?時が来れば、必ず話すから!」

「(…今までにはないことだけど、先輩がそこまで言うんだったら…)」

「…分かった!でも、先輩が話せるようになったら、すぐに話してね!?」

「ありがとう、美琴!!」

「うんっ!」

「(…そうは言ったけど、これは何か重大なことが私の知らないところで起こっているに違いない…そう言えば、私はもう少しで夏休みだけど、銀杏大学の夏休みはけやき商の1週間遅れで始まるはず…ということは、これを利用すれば…)」

 私は、私に話すことのできない先輩の悩みの種を、銀杏大学とけやき商の夏休みのズレを利用し、調査することにしたのだった。


第3話 に続く