原案:剣世 炸/加賀 那月
著:剣世 炸
Episode1「襲撃」 第2話〜2人の幼馴染〜
見張り台からここまで相当な勢いで走ってきたのか、シューは肩で息をしている。
「コッ…! コボルトが…」
話すのもやっとシューの言葉であったが、それは家中の全員が村に起きた状況を理解するに十分な言の葉であった。
村長の顔へと変わった母が、シューに尋ねた。
「いつもより随分早いな。それでコボルトはどこから現れたんだ!」
「南… 南からだ…!」
「数は!?」
「櫓から見えたのは十匹程度だったけど…茂みで見えないのもいたからそれ以上だと思います」
「十匹以上…か。だが、村を潰されるわけにはいかない!アコード!自警団に出動を要請するんだ」
コボルトは森に住む犬と人間を掛け合わせたような姿をした妖精で、本来は人を襲わず、大人しい性格をしている。ところが、いつの頃からか満月の夜になると凶暴化して村の農作物を荒らし、家屋や村人を襲うようになってしまった。
フォーレスタで自警団や青年団が結成されたのも、満月の夜にコボルトが凶暴化し、村が襲われるようになったからである。無論、自警団には俺やシューも所属していて、俺は村長の息子ということもあり団長を務めていた。
この村には、村の治安維持のため、王都から派遣された衛兵もいる。だが、村民30人に対し、1人の衛兵という国の制度から、村には衛兵が3人しかいなかった。そのため、自警団や青年団という集団を作り、王都派遣の衛兵と共に村の脅威と戦う必要があった。
とはいえ、普段から戦闘訓練を行っている兵士と異なり、戦闘とは程遠い農業や酪農を営み生計を立てているフォーレスタの人間に出来ることと言えば、コボルトの襲撃に対して火矢で応戦し、森の奥へと追い返す程度であった。そして、折角コボルトを撃退したとしても、その度に小火騒ぎが村の至る所で発生。満月の夜は、俺たちにとって眠れない夜となっていた。
「分かったよ。母さん」
テーブルの上に並べられた掌程度の大きさのパンを片手で掴むと、俺はドアの入口にかけられた短剣をもう片方の手で取り、腰に装備する。
「シュー。行けるか?」
「ああ。俺はもう大丈夫だ」
「よし。じゃあ、行くぞ!」
「二人とも、くれぐれも気をつけて」
母の言葉に見送られ、家を出る俺とシュー。
すると、俺たちの目の前に良く見知った顔があった。
「森の奥がずいぶん騒がしいと思ったら、やっぱりコボルトの襲撃ね」
「サリット!」
サリットは、俺たちの幼馴染で、修行相手でもある。彼女は、女性であるが故なのか、彼女自身の特技であるのか、大変「勘の良い」人物で、俺とシューがサリットのためにサプライズを企ててもすぐにバレてしまったり、自警団の軍事訓練のときに出し抜かれたりと、驚かされることが度々あった。剣技もそこそこで、良い特訓相手でもあった。
「追っ払うために、自警団のところへ行くんでしょ?」
「あぁ、そうだよ。でも、サリットは自宅で待っているんだ!今から村は戦場に…」
「もう、アコード。そのセリフ、コボルトに襲撃される度に、私に言うわけ?」
「アコード。サリットに1本取られたな」
「…。分かった。一緒に行こう」
俺たちは、自警団の詰め所に向かって走り出した。
「それにしても、コボルトが暴れ出した原因は何なんだろうな…」
「食料が枯渇していて、人里まで降りてきた…何てことないよな。この森の恵みで潤えないはずがないのだし」
「やっぱり、悪い魔法使いとか、世界を暗闇に引きずり落とそうとする魔王の仕業…な訳ないか…」
俺たちの足が止まる。目的地である自警団の詰め所前に到着したのだ。
何人かは俺たちを待っていたのか、いつでもいけるという顔をしていた。そして、その中の一人が、俺に声をかけてきた。
「団長、お疲れ様です。実は、ここの詰め所に常備している火矢が、充分には足りていないのです。村の倉庫に王都から仕入れた火矢があるようなのですが、先月のコボルト襲撃後に、それを運び込み忘れたようで…」
「そうか…。こんなときに…。ありがとう!」
「シュー、サリット。今から村の倉庫に火矢を取りにいくのを手伝ってくれ。この詰め所にある火矢だけでは、今回のコボルト襲撃には対応しきれないだろう。伝令は青年団の団長に連絡。他の者はここに残り、他のメンバー全員をかき集めてくれ。何としても、青年団と協力してコボルトの侵入を阻止し、この村を守るんだ!!」
「「「「了解」」」」」
村外れにある倉庫は、コボルトの出現した場所の近くにあり、襲撃してきたコボルトたちと遭遇する危険もあった。だが、今の俺たちの装備では、正面からぶつかっても勝ち目はないだろう。
「シュー、サリット。危険を承知の上で、今は行くしかない。正面から正攻法で立ち向かっても勝ち目はないだろうから、西の方から迂回して倉庫にいくぞ」
倉庫に向かい一斉に走り出す俺達。
コボルトの侵攻は、今この瞬間にも村に向かって進んでいるに違いない。
村を守るためにも、倉庫に急がなくてはならなかった。
ところが…
『!!敵が、俺たちのすぐ近くにいる!!』
詰め所から数分走ったところで、俺たちは倉庫の方角からただならぬ気配を感じ取り、一斉に足を止めた。