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剣世炸 novel site Valkyrie of Moonlight〜月明りの剣と魔法の杖〜

Valkyrie of Moonlight〜月明りの剣と魔法の杖〜

原案:剣世 炸/加賀 那月
著:剣世 炸


Episode2「旅立ち」 第2話 〜禁忌〜

 アルモを客間のベッドに寝かせると、三人ともそのまま床に座り込んだ。誰から、というわけではなく、皆がその場に倒れこむように座してしまったのだ。

 この数時間の間に起きた出来事を、未だに消化し切れていない三人は、思わず顔を見合わせていた。

「そのさ… あれって、魔法の類なのかしら…」

 サリットのその問いに、他の二人はしばらく応じることができなかった。

 魔法とは、修行を積み、年を重ねた高位な聖職者か、先ほど戦ったような妖精や魔物の類しか使用することの許されない禁忌(タブー)である。

 アルモが前者であると仮定したとして、容姿からして俺たちと同い年位に見えることから、修行を積み、年を重ねているとは考えづらい。それでもあれが魔法だとすれば、驚異的な才能の持ち主ということになる。後者という可能性は、俺たちを助けたことや、アルモが漂わせている気配から、まず有り得ないだろう。

「起きてから、聞いてみようぜ」

 シューが言ったその言葉に、他の二人は頷くしかなかった。

「しかし、何であれ今回も何とか対処できたなぁ。なにもかもアルモのおかげだ」

 状況が分析し切れず、真実が明らかになっていないとはいえ、こうやってゆっくり休めるのも、ベッドで寝ているアルモのおかげなのだ。

 俺は、アルモの顔を覗くと立ち上がり、笑って続けた。

「さて、俺たちももう休もう。明日からまた大変だぞ!」

「そうだな。火事にならなかったとはいえ、コボルトの侵攻で壊された建物がいくつもある」

「私たちの出番は、しばらく続きそうね」

「シュー、サリット。いつもの場所を使ってくれ。俺は母さんに報告してから寝ることにするよ」

「アコードも、村長の一族だからって、無理だけはするなよ」

「体が資本、というしね」

「ああ。じゃあ、二人はゆっくり休んでくれ。おやすみ!」

「「おやすみ」」

 シューとサリットは「いつもの場所」−フォーレスタ家に宿泊する際に利用している、ハンモックがかけられた屋根裏部屋−に向かった。俺は、アルモの状況とシューとサリットが泊まることを報告しに、未だ外で指示を出している母親の元へと向かった。

 三人が客間から出ていくと、ベッドで横になっているアルモの瞑った目が開いた。

”つい流れで魔法を使ってしまったけど、明日何から説明しようかしら…”

”それにしても、アコードは村長の家の跡取り息子だったんだ…あの剣の腕、誘ってみたいのは山々だけど…”

 アルモは色々と考えを張り巡らせたが、疲れている体には勝つことができず、そのままベッドの上で深い眠りに就いた…

***

「どうしたのよ。遠くなんか見つめたりして。らしくないわよ!」

 ラム酒の入った杯を持ったサリットの言葉で、回想世界に浸っていた俺は我に返った。

「あ、ああ、サリットか」

「隣、いいかしら」

「ああ」

 隣に腰を降ろしたサリットは、持っているグラスを傾けた。俺は、返礼にとグラスを傾け、杯に満たされたラム酒を少しだけ口に含む。

「…結局、あの後アルモに魔法のこと、聞けなかったわね」

「そうだな…」

「アルモは、この祭事が終わったら旅立つのかしらね」

「そう聞いているが、それがどうかしたか?」

「アコード、寂しくないの?」

「えっ、何で?俺が!?」

「アコード、私とシューがあなたとどれくらいの付き合いになるか、分かってるでしょ?」

 サリットは生まれつき頭の回転が速く、俺とシューはいつも頭脳戦では敵わなかった。ましてや、村での成人を迎えたサリットは、最近大人の女性としての勘にも目覚めており、サリットの前で俺たちは隠し事をすることができないでいた。

「…寂しくない、と言えば確かに嘘になるな…アルモが旅立つなら、許されるなら俺はついて行きたい、と思っている。でも、それはアルモが好きになったから、という訳ではなく、俺の剣技がどこまで通用するのか、アルモの旅を助けながら、見出していきたい。そう思うからで…」

「…うーん、半分は正解、半分は…照れ隠しかな?あなたが、あなたの技術を見定めたいと思っていることは、間違いなさそうだけど…」

「…」

「まぁ、いずれにしても、アルモに話を聞かないことには始まらないわね。この十日間、私もアコードも、それにシューだって村の復旧に大忙しだったから、アルモとゆっくり話をする時間なんて取れなかったしね」

「そうだな。俺、アルモと膝を交えてゆっくりと話をしてみるよ」

「そうね。それでこそ、フォーレスタの次期村長だわ。何か分かったら、私たちにも教えてね」

「そうするよ」

 サリットは言いたいことを言い切ったのか、グラス片手に広場の中へと消えていった。

 アルモに話をする決心がついた俺は、アルモが座っているはずの場所−村をコボルトの襲来から守った英雄として、アルモの席は村長の隣に設けられた−に目をやった。だが、アルモはその場所には居なかった。

 母の乾杯の音頭で祭事が始まった直後、アルモの前には人だかりができていた。ある者はアルモの活躍を称え、ある者はアルモの美しくも鋭い剣技に畏れながらも、尊敬の言葉をかけた。

 俺も、村長の一族としてアルモの近くにいたのだが、アルモと同じく、自警団への的確な指示とコボルトの撃退という活躍を見せたため、次から次へと村人が訪れ、武勇を讃えていた。そんな村人たちの賞賛の声とは裏腹に、俺はアルモとの会話を心待ちにしていたのだが、いざ村人たちが思い思いの場所に散り、サリットとの会話が終わってみても、その願いを叶えられずにいた。

「母さん、アルモは?」

「ああ、『風に当たりたい』と言って、川原の方に向かったわね」

「ありがとう。母さん」

「アコード。言いたいことがあるなら、明日出発する前までに、しっかりアルモに伝えるんだよ」

「ああ、分かったよ」

 アルモの居場所を知った俺は、居ても立っても居られなくなり、川原へと急いだ…。