原案:剣世 炸/加賀 那月
著:剣世 炸
Episode2「旅立ち」 第3話 〜アルモの想い〜
川原への道のりは、それほど長いものではなかった。小さな子どもでも、全力疾走すれば村の中心から10分もかからない程度の距離だ。
だが、複雑な思いを胸に抱えて走っていた俺には、大人の足で5分足らずの時間が非常に長く感じられた。
アルモとの出会いからを思い返してみると、いつも助けられてばかりで、それに対するお礼の言葉すら、彼女に返すことができていなかった。
今までの慣例と、自警団リーダーとしての小さな思い込みにのみ頼り、「村を救う」という大義名分を盾にして、今にしてみれば愚策とも思える作戦しか立てることのできなかった自分自身に対しても、小さな怒りのような感情すら浮かんでいた。
だが、謙虚さを失いかけ、傲慢な対応策しか考えられない自分自身に気付かせてくれたのは、アルモの体を張った対応があったからだ。
とにかく、今は一刻も早くアルモに感謝の気持ちを伝えなければならなかった。
***
川原に着くと、探すまでもなく、流れる小川を見つめていたアルモが目に入ってきた。
その眼は心なしか虚ろで、何かを思い詰めているようにも見えた。
アルモに少しずつ近づいてみる。だが、美しい氷細工のように、アルモは表情一つ変えようとしない。
「アルモ!」
「!!」
俺の声に、やっと我を取り戻したアルモであったが、いつもの調子を出すことができない。
「えっ、あっ、アコード!。ごめんなさい。少し、考え事をしてて…」
俯き、再び川を見つめるアルモ。
俺は、そんなアルモの横に並び、川のせせらぎを聞きながら川の向こう岸を見つめた。
夏も終わりに近づき、川の水も冷たくなり始めた川の風は、寂しさに似た何かを感じさせていた。
俺とアルモの間を、沈黙という名の空気が支配する。
そんな空気を払拭したのは、勇気を振り絞って辛うじて出すことのできた俺の声だった。
「あの、さ。まだ、お礼言ってなかったよな」
「えっ?」
「その、俺を、いや、村を助けてくれたお礼を、さ」
「…」
「ありがとうな。それに、これも…」
俺は腰に装備していたショートソードを、鞘ごとアルモの前に差し出した。
「それは、あなたが持っていて。アコード」
「えっ?でも、大切な剣なんじゃ…」
「私には、この剣があるから大丈夫!」
俺と同じように、腰に装備している光の剣の鞘を手の平で軽く叩きながら、アルモが言った。
「そのショートソードは、実は普通のショートソードではないの。私の光の剣と一緒に長く使っていたから、その魔力が少しだけ宿っているわ」
「…そうなのか?」
「ええ。普通の人は、微力な魔力に体が反応を示して、普通にこのショートソードを扱うことができないのよ。でも、あなたはその剣を、普通のショートソードを扱うようにしていた。きっと、剣の魔力とあなたの潜在能力が融合したんだわ。だから、その剣で、この村の人たちを守ってあげて。それが、あなたの使命なんでしょう…?」
悲しげな顔を湛えたアルモの問いかけに、俺は困惑し言葉を失った。
この場を何とか繋がなければ、アルモに自分の気持ちを伝えることはできない。その焦りが、口にすべき言葉を遮っていた。
アルモにかける言葉に躊躇していると、アルモの方から先陣を切って話しかけてきた。
「アコード。この村は、フォーレスタはとても良いところね。村の人たちも森もなにもかもが暖かい。そして、あなたは将来この村の村長で…」
「ありがとう。だけど、よくわからないんだ。こんなにいっぱい幸せな場所にいれて。将来も約束されていて。これ以上の幸せはないんだ。だけど、君と戦ってるうちに思ったんだ。俺にはもっとしたいことがあるんじゃないか…ってね」
言っていることがめちゃくちゃなのは自分でもわかっていた。だが、言の葉にせずにはいられなかった。
「本当にわがままだね。君は」
「そうだね。アルモ、君はどうして旅をしているんだ?しかもたった一人で」
「なんでって…私にはそうするしかなかったのよ。んーん、違うわ。そうしたかったの」
まるで自分をごまかすように、首を振りながらそうアルモは呟いた。
「さぁ、村に戻りましょう。少しお腹がすいたわ」
どう返答してもよいか考えているうちに、アルモは立ち上がり村への道を歩き始めた。
俺は、それについていくことしか出来なかった。