原案:剣世 炸/加賀 那月
著:剣世 炸
Episode2「旅立ち」 第4話 〜アコードの想い。そして旅立ち〜
二人が村の広場に戻ると、俺たちの前には再び村人によって人垣ができた。
俺たちが人垣を体よくあしらい、何とか自分の席に座ったのもつかの間、村人によって再度人垣ができあがってしまった。
その人垣の中に、アコードの親友シューの姿があった。
「アルモと一緒だったようだが、うまいこといったのか?」
「シュー!そんなんじゃないって…」
勘違いしている…俺はそう思ったが、うまい弁解が思いつかず、シューの質問に対して返答ができずにいた。
「また振られたのか?」
「またって、俺はまだ一度も振られていないぞ!」
シューの言葉に、思わず声を荒げる。
「そうか…ていうことは、アコード、お前アルモに気があるってことだよな」
「シュー!」
悪戯な質問を投げかけ、不器用にウィンクをしながら、シューは人垣の中へ消えていった。
そんなシューを横目に、俺はふとアルモを見た。
月明かりに輝く金色の髪、俺好みの、いや、男性であれば「美しい」と感じるにはいられないであろう整った顔立ち、そして、コボルトとの戦闘でアコードが垣間見た、慈悲深く、それでいて何者にも負けまいとする気迫…アルモの全てが、俺にはまるでフォーレスタの森に君臨した戦女神(ヴァルキリー)であるかのように感じられた。
豊穣と戦勝を祝う祭事も酣を迎え、村人たちの盛り上がりが最高潮になった夜半過ぎ。俺がアルモの席の方を見ると、先ほどと同様、まるで神隠しにでも遭ったかのように、アルモは姿を消していた。
再びアルモを探しに行こうと立ち上がろうとしたその時、母である村長が俺の前に腰を降ろした。手の平についた土を両手で軽く叩き、正面にいる母に向かい直す。
「アコード。アルモが旅に戻っていった。私はせめて明日の朝にと引き止めたのだが、聞き入れてくれなかったよ。どうしても、行かなきゃならないそうだ」
俺は、狼狽せずにはいられなかった。先ほどまで、良い雰囲気で話せていたのに、なぜこんな重要なことを直接伝えてくれなかったのだろうか。そんなことを思う前に、俺の体は動いていた。アルモが向かったであろう方向へ全力疾走する。
いつも陽気で何でも話してくれる母が、なにも言わなかったことも気になった。シューの言うように、俺は本当にアルモのことを好いているのだろうか。その気持ちに気づいていないのは、他でもない自分だけなのか…さまざまな疑問が浮いては消え、浮いては消えを繰り返す。
回想世界では堂々巡りを繰り返し、現実世界ではアルモの後ろ姿を見つけることができず、どうしようもない無力感が俺を襲ってきた。だが、同時にアルモと初めて出会った時のことを思い出していた。
”最初に出会ったのは村の倉庫が置かれた南の森の外れだった。村に立ち寄ったような話もしていなかったし、北の街道を進んだのだろうか”
ふと気づくと、俺は分かれ道に差し掛かっていた。片方は南の森へと抜ける道。もう片方は、北の街道への近道だった。
”だが、もし俺との出会いを少しでも良く思ってくれているなら…”
俺は、どちらの道へ進むか迷い、その場に立ち止まった。こうしている間にも、アルモとの距離が少しずつ、だが確実に離れているというのに…。
そう思っていた矢先、今一番聞きたい人物の声が耳に入ってきた。
「アコード!どうしてここが…」
驚いて振り向いた先には、月明りに照らされたアルモが驚愕した面持ちで佇んでいた。
アルモの姿が目に入った俺は、考えるよりも先に言葉が口から出ていた。
「まだ、伝えてないことが、たくさんあったんだ!」
「そ…それは、私もよ…」
「まだ、きちんとお礼できてないし…とにかく、ありがとう。そのさ…」
「…なに?」
「いや…俺たちを、フォーレスタを救ってくれたこと、そして、俺の気持ちを変えさせてくれたことをさ…」
「…君の気持ち?」
「俺は将来、母さんの跡を受け継いで村長になる。父さんが死んでから、ずっとそう思って生きてきた。村長になることが、俺の運命なんだ、って」
「…」
「でも、君と出会い、初めての実戦を君と戦って、気づいたんだ。このまま、俺は村長になっていいのか、と。今の俺じゃ、村長になるには役不足なんじゃないか、って」
「…」
「それに、俺の力が君の旅の役に立つなら、力になりたいんだ。君の旅の目的はまだ聞いてないけど、君の持つ剣が尋常でないものくらい、一緒に戦った俺には分かるよ。君にとって迷惑じゃないなら、俺を旅の仲間に加えてくれないか…」
俺の言葉に、アルモの緊張した顔がふっと抜けた。
「本当に?私と?」
「ああ、君さえ良ければ…」
「だけど、村はどうするの!?あなたがいなくなったら…」
「大丈夫さ。母さんだって、まだ若い。俺が数年いなくなったって、全然平気だよ。それに、君がこの村に来て見せてくれた姿に、俺は憧れたんだ。外の広い世界を、この目で見てみたい」
「そう…なら…私は断る理由なんてないわ!」
手を差しのばすアルモ。俺は差し出された手を無言で握り締め、それに返した。
すると、アルモは光の剣を鞘から抜き、頭上へ掲げた。剣が月明りに照らされ、神秘的な光を放つ。
「行こう!月光の導きのままに!」
そう言い放ったアルモの顔はとても眩しく、空に浮かぶ月より綺麗だった。
数日後、フォーレスタを南北に突き抜ける街道の北側を歩く、二つの影があった。
一方の影が携えた剣の鞘からは微かな光が放たれ、旅行く二人を守るかのように、淡く包み込んでいるのだった。