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剣世炸 novel site Valkyrie of Moonlight〜月明りの剣と魔法の杖〜

Valkyrie of Moonlight〜月明りの剣と魔法の杖〜

原案:剣世 炸/加賀 那月
著:剣世 炸


Episode8「聖遺物を求めて」 第16話〜月明りの丘〜

 月明りの丘は、サリットが露天商から仕入れた情報通り、グエンの街から徒歩で1時間程度のところにあった。

 日没を少し過ぎた、地平線が夕焼け色からディープブルーに染まる頃に出発したため、月明りの丘に到着するころには、すっかり夜の帳が落ち、頭上には満点の星空が輝いていた。

 今日は新月。だが月明りの丘は、まるで月に照らされたように、青白い光を放っていた。

「…この丘は、月も出ていないのに、なぜ光っているんだろうな?」

「シュー、それは『月光草』が群生しているからじゃないかしら?」

 サリットの言葉に、それまで丘全体を見渡していたその場全員の視線が、地面におろされる。

「確かに、夜空の元で花開き、まるで月明りのような光を放つ月光草が、この丘には群生しているようだ」

「きっと、グエンの街の人は、この丘に月光草が群生しているのを知っていて、それでこの丘を『月明りの丘』と名付けたのでしょうね」

 あまりにも幻想的な風景に心を奪われていた俺たちだったが、レイスが教団の将軍に捕まっているという事実を即座に思い出し、丘の天辺まで続く獣道を急いだ。

「恐らく、この丘の天辺に、レイスを捕らわれているに違いない。みんな、油断するなよ!」

「そういうアコードも、十分に気を付けてね」

 暫く天辺への獣道を歩いていると、ぼんやりと天辺方面に十字架のようなものが見え始めた。

「ここから天辺まで、全力ダッシュでも数十分かかりそうな距離なはず…」

「それでいて、ここからはっきりと十字架が見えている」

「ということは………あの十字架は、人を磔(はりつけ)にできる大きさに違いない」

「…それに……周囲を見てよ!!」

 アルモの言葉にその場の全員が周囲を見渡すと、ところどころに爆発跡のような穴が開いている。

「…これが、俺とアルモが宿で聞いた、大小無数の穴の正体だな…確かに、こんな綺麗な丘に、ここまで不自然な穴が大小無数にあるのはおかしい」

「宿に居た、気が触れた人が言っていた『死の雨が降り注ぎ…』って言葉も、ちょっとだけ信憑性が出てきたわね…」

「その『死の雨』が何を意味しているのかが分かれば、このまま天辺に行った時に私たちに降りかかる厄災も予想できるんだけどね…」

「とにかく、慎重に進むしかないんじゃないか?」

 シューの言葉に一同が頷くと、周囲に注意を払いながら、再び丘の天辺へと歩を進めた。

 そして数十分後…

「レイス!!」

 天辺に到着した俺たちの目に入ってきたものは、中腹で想像した光景と同じものだった。

 天辺のほぼ中央に立てられた十字架に、両腕と両足をロープのようなもので縛られたレイスが項垂れているのだ。

「…」

 俺たちの声を聞き、少しだけ体がピクリと動いたようにも見えたが、項垂れた状態は変わらなかった。

「レイス!今助けるからな!!」

 仲間の状況を見て感極まったシューが、一人で先陣を切ろうとその場から動こうとした。

「シュー!!それ以上動いては駄目よ!!」

 まるでシューの動きを予見していたかのように、サリットがシューの身体の前に右腕を突き出して制止させる。

「サリット!レイスのあの姿を見て、何とも思わないのか!?」

「私だって、シューと同じ気持ちよ!きっとアルモもアコードもそうに違いないわ!!でも、なぜ私たちが動かないのか、ちょっと冷静になって考えてみてよ!!」

「………」

 サリットの言葉に、彼女の制止を振り解こうとしたシューの両腕の動きが止まる。

「…ワナがあるかも知れない、って言いたいんだな…」

 中腹にあった大小無数の穴。目の前で晒されている、磔にされたレイス。そして、ここに来るまで敵にまったく出くわさなかったという史実…。

 これら全てが、磔にされたレイスを餌にして、十字架の周囲に、或いは俺たちがレイスを救出した後に発動するであろうワナを教団が仕掛けていることを如実に物語っていた。

「サリットの言う通りだ、シュー。早くあの場から助けたい気持ちは、俺たちも同じだ。だが、もし敵の罠が張り巡らせられていたら、それこそ敵の思う壺さ」

「そうだなアコード………だが、罠があるとして、どうやってその罠を見破るんだ!?」

「それなら、私に考えがあるわ」

「アルモ、一体どうするつもりだ!?」

「まぁ、見ててって!」

 そういうとアルモは、聞き覚えのある詠唱呪文を唱え始めた。

「その詠唱は………」

”アオーフル!!”

”ボンッ”

 アルモが右手の平を天にかざして魔法を唱えると、その上には小さな可愛らしい鼠が姿を現していた。

「その魔法は、レイスが使っていた『アオーフ』……じゃないようだな…」

「ええ。今発動したのは『アオーフル』。『アオーフ』の上位魔法よ。『アオーフ』は具現化させた鼠に何かあると術者も同じ影響を受ける魔法だったけど、『アオーフル』は鼠に何かあっても、術者には全く影響の出ない安全な魔法なの。その分『アオーフ』に比べて、それなりの魔力を消費してしまうのだけど…ね」

 アルモの顔に、魔法の発動に伴う疲れが見え隠れする。

「大丈夫なのアルモ…かなりきつそうに見えるけど…」

「私は大丈夫よ…さて、この鼠を使って、十字架の周辺にワナが仕掛けられていないか、確かめてみましょう」

 そう言ってアルモは右手を地面に置くと、魔法の鼠は十字架の周辺をチョロチョロと動き回り出したのだった。


第17話 に続く